崎谷健次郎「Because of Love」は、公式ディスコグラフィーで1989年11月21日発売のシングルとして確認できる一曲です[1]。今回確認した動画は、崎谷健次郎公式チャンネルimpressionで公開されている1989年のMVで、タイトルにも公式チャンネルの名義が表示されています[2]。前作までの都会的なバラードの流れを受けながら、この曲では少しだけ身体の温度が上がるような、しなやかなポップスの手触りがあります。
大石浩之にとってこの曲は、東京の夜を思い出す曲でありながら、磐田に戻ってからの静かな夜にも不思議と合う曲です。強い愛の言葉を正面から受け取るというより、仕事を終えて車を停めたあと、すぐ家に入らずに少しだけエンジンを切った車内で聴くような曲。誰かを思う気持ちが、派手な熱ではなく、長く残る体温として鳴っているように感じます。
1989年の都会的な熱
1989年という年は、音楽の中にまだ都会の余裕が残っていた時代だと思います。きらびやかなシンセ、洗練されたコード、少しだけ背伸びした恋愛の言葉。そうした空気の中で「Because of Love」は、ただ明るいだけのポップスではなく、夜の空気を吸ったラブソングとして立ち上がります。崎谷健次郎の声は、強い言葉を荒くしません。高い音に向かっていくときも、輪郭が細くならず、むしろ柔らかい膜のようなものが声のまわりに残ります。その膜があるから、曲全体が大人の温度になるのだと思います。
公式ディスコグラフィーでは、シングルのカップリングにCMイメージソングとしての記載も確認できます[1]。そうした時代のタイアップ感は、曲の明るさにもつながっています。ただ、今聴き直すと、当時の広告的な華やかさよりも、メロディの奥にある寂しさの方が強く残ります。恋をしているとき、人はいつも明るいわけではありません。明るい顔をしていても、その奥に不安や迷いがある。この曲は、そういう複雑さを、声と和音の動きでそっと包んでいます。
東京で働いていた頃、仕事帰りの街には、こういう音が似合っていました。すべてが前へ進んでいるように見えるのに、自分だけ少し遅れているような感覚。人と会って、笑って、用事を済ませて、それでも帰り道には急に一人になる。そんな夜に、明るすぎないラブソングはちょうどよかったのです。「Because of Love」は、恋の成就を大げさに祝う曲ではなく、誰かを思うことで自分の孤独も見えてしまう曲として聴こえます。
MVに残る時代の光
1989年のMVには、今の映像とは違う時間の流れがあります。カットは派手すぎず、画面の質感も当時の空気をそのまま含んでいます。最新の映像表現として見るのではなく、曲が生まれた時代の光を保存している記録として見ると、むしろ味わいが増します。歌う姿、視線、少し硬さの残る演出。そのどれもが、曲を説明しすぎないところで止まっているのがいい。MVは曲を前に出すための背景であり、主役はあくまで声です。
動画タイトルには歌詞字幕ありとありますが、この記事では歌詞そのものを長く引用することはしません。大切なのは、言葉の細部よりも、歌全体が運んでくる感情の形です。恋愛を歌っていても、崎谷健次郎の声は、相手を追い詰めるような強さではなく、少し距離を置いて見守るような強さを持っています。その距離感が、年齢を重ねてから聴くととても自然に感じられます。
若い頃なら、もっと分かりやすく熱い曲に惹かれていたかもしれません。けれど、仕事や家族のこと、家や土地のことに向き合う年齢になると、強い感情をそのままぶつけることだけが誠実さではないと分かってきます。言わないでおくこと、急がないこと、少し離れて待つこと。そういう大人の態度が、この曲の音の中にはあります。
家に帰る前の数分
磐田で仕事をしていると、一日の終わりに、さまざまな家のことが頭に残ります。相続した実家をどうするか。空き家になった建物をいつ片づけるか。親の介護と家の整理を同時に考えなければならない家族もいます。そういう相談のあと、すぐに気持ちを切り替えられる日ばかりではありません。車に戻って、少しだけ音楽をかける。その数分が、自分の中の速度を戻してくれることがあります。
「Because of Love」は、そんな帰宅前の数分に合う曲です。愛を歌っているのに、生活から浮き上がりません。むしろ、生活の中にある小さなため息や、言葉にしきれない感謝のようなものを拾ってくれます。家という場所も、結局は誰かを思った時間の積み重ねです。立派な建物かどうかより、そこで誰が誰を待っていたのか、誰が誰のために灯りをつけていたのか。曲を聴いていると、そういうことを考えます。
愛という言葉は大きすぎて、普段の暮らしでは扱いにくいことがあります。それでも、家族の相談や土地の整理に立ち会っていると、形を変えた愛の痕跡に何度も出会います。口には出さないけれど、親の家を雑に扱いたくない。思い出のある土地を、できれば納得して次へ渡したい。その気持ちもまた、広い意味ではBecause of Loveなのだと思います。
抑えた声が長く残る
崎谷健次郎の歌の魅力は、声を張る場面よりも、声を抑えたところに出るように感じます。大きく歌い上げれば伝わる感情もありますが、抑えたまま伝わる感情は、もっと長く残ります。この曲も、サビの開放感より、そこへ向かうまでの呼吸が好きです。言葉が声に乗る前の一瞬、音が少しだけ沈むところ。その小さな揺れが、聴く側の記憶を呼び出します。
1989年の曲を2026年に聴くと、曲そのものだけでなく、自分が過ごしてきた時間も一緒に鳴ります。東京で働いていた頃、磐田に戻ってからの夜、介護や不動産の現場で見てきた家族の姿。そのすべてが、曲の余白に少しずつ入ってきます。音楽は、過去をそのまま再生するものではありません。今の自分が過去をどう受け取り直すか、そのきっかけをくれるものです。
だから「Because of Love」は、懐かしいだけの曲ではありません。今の自分にとって、愛を急がず、声を荒げず、それでも確かにそこにあるものとして受け取り直す曲です。公式MVに残った1989年の光と、今の磐田の夜が、同じ曲の中で静かにつながる。そういう出会い直しができるから、ATAWI MUSICでこの曲を残しておきたいと思いました。
特にいま聴き返すと、音数を増やして感情を説明しきるのではなく、声の置き方とコードの移ろいで余韻を残す設計が際立ちます。サビに向かう高揚は確かに華やかなのに、曲が終わったあとに残るのは勝利感ではなく、まだ言葉にならない気持ちです。その抑制があるからこそ、何度再生しても押しつけがましくならず、聴く側の記憶や経験を受け止める余白が生まれています。
参考リンク
- [1] Discography | Kenjiro Sakiya - Because of love
- [2] 崎谷健次郎-Because of Love (MV 1989) - YouTube
- [3] 崎谷健次郎 - Wikipedia
音楽には、時間を置いてから見えてくる価値があります。家や土地にもまた、すぐには言葉にできない暮らしの記憶が残っています。
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