応援歌というジャンルには、独特の難しさがあります。前向きな言葉を並べるだけでは薄っぺらくなり、かといって深刻に構えすぎると応援歌の役目を果たせない。椎名林檎「NIPPON」は、その難所を鮮やかに乗り越えた1曲です。勇ましいマーチのようなリズムに乗せて、ためらいなく国名を叫ぶサビ。ともすれば軽々しく響きかねない構成を、椎名林檎という人の作家性がぎりぎりのところで支え、聴くたびに背筋が伸びるような1曲に仕上げています。日本も、自分も元気になれる一曲、という感想は、この曲の狙いをそのまま言い当てていると思います。国を応援する歌でありながら、実際に元気をもらうのは、聴いている自分自身です。大きな主語で歌われた応援歌が、いつのまにか個人的な鼓舞に変換される。この転換の鮮やかさこそ、この曲の芯にあるものだと感じます。
NHKからの、具体的すぎるオーダー
「NIPPON」は、2014年6月11日にリリースされた椎名林檎の14枚目のシングルです。この曲は、NHKからの依頼で書き下ろされたもので、2014年のFIFAワールドカップ・ブラジル大会以降、NHKのサッカー関連番組のテーマ曲として起用されました。椎名がサッカーテーマを担当することは同年4月23日に発表され、5月12日にはNHK総合のサッカー日本代表メンバー発表特番で初披露されています。
興味深いのは、NHKからのオーダーがかなり具体的だったという事実です。サッカー日本代表(SAMURAI BLUE)となでしこジャパンの両方を応援する曲であること、日本代表のイメージカラーである「青」という言葉を入れてほしいこと、そして曲のテンポやコード感は「群青日和」が理想、という細かい要望まであったといいます。制約の多い発注仕事の中で、椎名林檎はそれを窮屈さではなく、むしろ強度に変えて見せました。自由に書いた曲以上に、注文の多い曲の方が骨太に仕上がることがある。この曲はその好例だと思います。
大きな主語と、個人的な記憶
この曲を最初に聴いたのは、2014年のワールドカップの季節でした。当時はまだ東京で働いていて、深夜に及ぶ試合を職場の仲間と見ていたのを覚えています。日本代表の勝敗そのものよりも、あの時期だけ、見ず知らずの人同士が同じ話題で盛り上がれた空気を、今でも懐かしく思い出します。「NIPPON」という国名をタイトルに掲げた曲は、ともすれば大きすぎる主語のせいで、聴き手を置き去りにしがちです。けれどこの曲は、国を鼓舞する言葉の奥に、目の前の仕事や日常を踏ん張る個人への視線をきちんと残しています。だから、サッカーに詳しくない人が聴いても、自分自身への応援歌として響くのだと思います。
応援するという行為は、本来、相手のためだけにするものではありません。誰かを応援している間、自分自身もその熱に温められています。「NIPPON」を聴きながら日本代表を応援していたあの夜、実際に元気をもらっていたのは、代表チームではなく、仕事に疲れていた自分の方でした。大きな主語で歌われた曲が、結局は聴き手一人ひとりの中の小さな主語に効いてくる。良い応援歌というのは、いつもそういう仕組みでできているのだと思います。
磐田で聴くNIPPON
磐田に戻ってからも、この曲は変わらず自分を励ましてくれます。地元で家や土地、空き家の相談を受ける仕事をしていると、大きなニュースとは無縁の、地道な日々の積み重ねがほとんどです。そういう日常の中で、たまにこの曲をかけると、日本全体を鼓舞するはずの曲が、まっすぐ自分ひとりの背中を押してくれます。国という大きな器を歌った曲が、結局は一人ひとりの生活を支える曲になる。これは椎名林檎という書き手が、常に個人の実感から離れない作家であることの証明だと思います。
相続や空き家の相談で出会う方々にも、それぞれの「NIPPON」があります。自分が生きてきた場所、育ててきた家族、守ってきた土地。国という大きな単位と、家というちいさな単位は、実は地続きです。この曲が持つ勇ましさとまっすぐさは、大きな話にも、目の前の小さな暮らしの話にも、同じように効いてきます。日本も、自分も元気になれる。この感想の正しさを、10年以上経った今も、この曲は色褪せずに証明し続けています。
ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、大きな応援と個人の鼓舞が重なる瞬間を読み直す場所です。
