「人生は夢だらけ」というタイトルを最初に見たとき、これは椎名林檎自身の言葉なのだろうと、深く考えずに思っていました。人生には夢しかない、という開き直りにも似た一文を、本人が本人のために書いたのだと思い込んでいたのです。ところが調べてみると、この曲の出自はもう少し込み入っています。もともとは2016年、かんぽ生命保険の企業広告「人生は、夢だらけ。」シリーズのために、椎名林檎が女優の高畑充希へ書き下ろした楽曲でした[1][2]。CM制作側から提示されたキャッチコピーをもとに作詞されたテーマソングで、当時は高畑充希の声と表情で世に出ています。テレビの画面の中で、椎名林檎ではない誰かが、椎名林檎の書いた「人生は夢だらけ」という言葉を背負って歌っていた時期があった、ということです。それから1年ほどを経た2017年12月6日、椎名林檎はこの曲を自らセルフカバーし、アルバム『逆輸入 〜航空局〜』に収録しました[3]。収録にあたってはCMのキャッチコピーが取り払われ、歌詞にも大きく手が入れられたと伝えられています。誰かのために、誰かの人生を思い浮かべながら書いた言葉を、時間を置いてから自分自身の声で歌い直す。この曲を聴くときにいつも感じる、独特の静けさと距離感の理由が、この成り立ちを知って初めて腑に落ちました。それを自分の声で歌い直すという行為には、単なる再録音以上の、時間差を含んだ意味が宿っているように思えます。書いたときの自分と、歌い直すときの自分は、もう同じ人間ではないはずです。それでも同じ言葉を、今度は他人の顔を借りずに歌う。この曲には、そういう往復の跡がそのまま刻まれているように聴こえます。
誰かのために書いた言葉を、自分で歌う
『逆輸入 〜航空局〜』は、2014年発売の『逆輸入 〜港湾局〜』に続くセルフカバー・アルバムの第2弾で、2000年から2017年にかけて椎名林檎が石川さゆり、栗山千明、柴咲コウ、SMAP、高畑充希、林原めぐみといった、ジャンルを越えた歌い手たちへ提供してきた楽曲11曲を、自らの演奏陣で歌い直した作品です[3]。オリコン週間アルバムランキングで3位、Billboard JAPANのダウンロード・アルバム・チャートでは1位を記録したとされています[3]。編曲は「人生は夢だらけ」も含め、長年のパートナーである村田陽一が手がけました。提供曲を後年になって歌い手本人が回収するという企画自体が、椎名林檎というアーティストの創作の幅を物語っています。誰かに書いた歌を、他人の持ち物のままにしておかず、いつか自分の元へ引き戻す。その意思の強さに、この人らしさを感じます。石川さゆりのような大先輩から、SMAPのような国民的グループ、そして高畑充希のような同時代の女優まで、渡してきた相手の幅の広さも興味深いところです。それぞれの相手に合わせて書き分けてきたはずの言葉を、今度はすべて同じ声で、同じ人格を通して歌い直す。11曲を並べたこのアルバムは、椎名林檎という一人の書き手が、これまでどれだけ多くの他者の人生に言葉を貸してきたかを、静かに一覧できる場所にもなっています。タイトルの「逆輸入」という言葉自体、いったん外に出したものを、時間を経てもう一度自分の元へ迎え入れるという成り立ちを、そのまま言い表しているように思えます。
CMというタイアップの現場では、コピーライターが用意した言葉に合わせて曲を書くという、いつもとは逆向きの作業が求められます。「人生は、夢だらけ。」という企業広告のキャッチコピーに旋律をつけるという仕事は、椎名林檎にとっても普段の作詞作曲とは違う制約があったはずです。保険会社の広告という枠組みは、人生の不確かさを不安ではなく前向きさとして提示することを求められる、独特に難しい仕事だったとも想像できます。生命保険という商品自体が、将来の不確かさに備えるためのものである以上、そのCMソングには、不安を煽らずに人生を肯定する言葉が求められたはずです。それでも、そこで生まれた言葉には、単なる企業広告のためのフレーズには収まらない強度がありました。だからこそ、コピーが取り払われたあとも曲として自立し、椎名林檎自身が改めて歌う価値のあるものとして残ったのだと思います。他人のために書いた言葉が、書いた本人のところへ戻ってくる。そういう巡り方をする曲は、そう多くないように思います。多くの提供曲は、提供した時点で書き手の手を離れ、歌い手のものとして固定されていきます。この曲はその一般的な流れに逆らって、もう一度、書いた本人の声のもとへ帰ってきたのです。
母のコートと、娘のネックレス
セルフカバー版の公式ミュージックビデオは、2017年12月1日に公開されました[4]。監督を務めた児玉裕一は、「この曲であれば、唄っている様子をただ撮るだけで、今の本人が如実に映し出されるはず」と語っており、派手な物語や演出で装飾するのではなく、歌う姿そのものを見せることを選んだことがうかがえます[4]。その中で椎名林檎が身につけているのが、母親から譲り受けたという45年ものの緑のヴィンテージコートと、当時4歳だった長女が針と糸で手作りしたというネックレスです[4]。誰かに贈った言葉を自分で歌い直す曲に、母から受け継いだものと、子から手渡されたものを同時にまとって臨む。この選択には、偶然とは思えない一貫性があります。歌詞そのものが時間を越えて自分の元へ戻ってきた言葉であるように、身にまとうものもまた、上の世代から下の世代へと流れる時間の中で受け渡されたものだったのだと思うと、この曲がまとう静けさの正体が、また少し見えてくる気がします。誰かのために書かれた言葉、誰かから譲られた衣服、誰かが作った装飾品。この曲には、自分ひとりの創作物では終わらない、いくつもの手渡しの跡が重なっています。何十年も前に仕立てられたコートは、母が着ていた時間と、椎名林檎が受け継いでからの時間、その両方を布地の中に抱えています。娘が作ったというネックレスも同様に、まだ幼い時間しか持たないはずなのに、母から子へという流れの終着点としてそこに置かれると、急に重みを持って見えてきます。映像としての作り込みや構成の凝った演出は少なく、あくまで「歌う本人を撮る」という一点に絞られたシンプルなMVですが、その分、衣装と小物に託された意味の重さが際立って見えてくる構成になっています。
音楽的な佇まいとしても、この曲は声を張り上げて主張するタイプの歌ではなく、言葉を一つひとつ確かめるように置いていく、抑制のきいた歌い方に聴こえます。もともと他人のために書いた言葉であることを、歌い手自身がどこかで意識しているような、わずかな間合いの取り方があるように感じられます。感情を押しつけるのではなく、言葉を自分の内側にもう一度通してから声にする。そのひと呼吸の遅れが、この曲を単なる企業広告の再録音ではなく、ひとつの人生の総括のように響かせているのではないかと思います。楽曲全体は、ミュージカル調の華やかさとジャズの洗練されたリズムを基調にしていると評されており[5]、伴奏の作りも過度に飾り立てられておらず、旋律の輪郭をそのまま生かすような編成に聴こえます。派手なオーケストレーションで押し切るのではなく、言葉が持っている重さそのものを信じているような音の置き方です。CMソングとして最初に世に出たときの華やかさとは、あきらかに手触りが違います。同じメロディーでも、置かれる場所と歌う人が変わるだけで、曲の重心はこれほど動くのかと、聴くたびに思わされます。高畑充希が歌ったCM版が、若さと軽やかさを前面に出した映像だったとすれば、椎名林檎自身のセルフカバー版は、そこから幾らかの歳月が流れたあとの、静かな確認のように響きます。同じ言葉でも、誰が、どの時期に歌うかによって、そこに宿る重さはまるで違ってくるのだと、この二つのバージョンを聴き比べるたびに感じます。
この曲の生命力を裏づけるように、2026年になって、この楽曲は新たな役割を与えられています。柄本佑と渡辺謙の共演による映画『木挽町のあだ討ち』の主題歌に決定し、源孝志監督が手がけたスペシャル・ムービーが公開されたのです[5]。源監督はこの曲を「陽を浴びる大通りを、高らかに、堂々と歩いていく」ようなものと表現し、社会的な立場は弱くとも誇りを持って生きる登場人物たちのエネルギーに、この曲が持つ肯定感が重なると語っています[5]。もともとは生命保険のCMのために、人生の不確かさを前向きに歌う言葉として生まれ、椎名林檎自身の手でセルフカバーされ、今度は江戸の芝居小屋を舞台にした時代劇の主題歌として、また別の物語に寄り添う。一つの言葉が、これほど異なる文脈を渡り歩きながら、そのつど違う響き方をしていくのを見ると、この曲の歌詞が持つ骨格の強さを、あらためて感じさせられます。
磐田で歌い直す、家族の言葉
東京で働いていた頃、私は自分の言葉と誰かの言葉をきっちり区別して生きていたように思います。会社で交わす言葉は会社のもの、自分の本音は自分だけのもの。その境界線をきちんと引くことが、社会人としての礼儀だとさえ思っていました。取引先向けの提案書に書く言葉と、家に帰って家族に話す言葉は、まったく別の引き出しにしまっておくものだと信じていました。研修で教わった言い回しや、上司から借りてきた表現を、あたかも自分の考えのように使っていた時期もあります。けれど磐田に戻り、家や土地、空き家の相談を受ける仕事をするようになってから、その境界線は思っていたほど確かなものではないと気づかされるようになりました。相談に来られる方が語る言葉の多くは、実は本人が最初に発した言葉ではありません。親から聞かされた家の由来、祖父母が繰り返し口にしていた土地への思い。誰かのために語られ、誰かから受け継がれた言葉を、今、目の前の人が自分の言葉として語り直している。そういう場面に、この仕事では何度も立ち会います。「この土地は手放すな」という祖父の一言を、意味もわからないまま繰り返してきたという方もいますし、何十年も経ってから、ようやくその言葉の重みを自分の言葉として理解し直したという方もいます。
この曲がたどった道のりと、家や土地にまつわる相談の場で交わされる言葉には、どこか似た構造があるように思えてなりません。かつて誰かのために書かれた言葉が、時間を経て、書いた本人の声で新しく歌われ直す。かつて誰かが暮らしのために選んだ家が、時間を経て、次の世代の言葉と決断によって新しく引き継がれ直す。どちらも、最初の言葉や最初の選択がそのままの形で残るわけではありません。歌詞が書き換えられ、家の使い道が変わっても、そこに流れていた思いの芯だけは、驚くほどそのまま残り続けます。人生には夢しかない、という一文がもともと他人のために書かれた言葉だったと知ってから、この曲は私にとって、開き直りの歌というより、受け渡された言葉をどう自分のものとして引き受けるか、という静かな問いを含んだ歌に聴こえるようになりました。空き家の相談では、家財の整理をしながら、亡くなった方の書き付けや日記が出てくることがあります。そこに残された言葉は、もはや誰かに向けたものというより、時間だけがそこに置き去りにしてきたもののように見えます。それを読む家族の側が、自分の言葉として受け取り直すかどうかは、また別の判断です。受け取り直された言葉だけが、次の世代へと運ばれていくのだと、この仕事を通じて感じています。
家族と暮らす今の家で、この曲を小さな音量でかけていると、自分がこれまで交わしてきた言葉のうち、どれだけが本当に自分ひとりから生まれたものだったのか、ふと考えることがあります。仕事で交わす言葉も、家族に向ける言葉も、多くは誰かから受け取り、自分なりに形を変えて手渡してきたものです。母のコートを着て歌う椎名林檎の姿を思い浮かべながら、私もまた、譲られた言葉や譲られた土地を、自分の声で語り直しているのだと気づきます。竹林の奥から風の抜ける音が聞こえる夕方、この曲を聴き返していると、CMのために書かれた一文が、いつのまにか自分の人生の姿勢を言い当てているように響いてくることがあります。人生は夢だらけだという一文を、他人のために書いた作者が、時間を置いて自分自身の声で歌い直す。その静かな往復運動こそが、この曲の核心にあるものなのだと、磐田で聴き直すたびに思います。誰かのために用意した言葉を、いつか自分の生活の中で改めて引き受け直す。そういう機会は、音楽に限らず、日々の仕事や家族との時間の中にも、案外いくつも埋まっているのかもしれません。
参考リンク
- [1] 主演 高畑充希/音楽 椎名林檎 企業広告『人生は、夢だらけ。』新シリーズ、始動。 - かんぽ生命保険 プレスリリース
- [2] 椎名林檎がオリジナル曲を提供、高畑充希が歌って踊るかんぽ生命CM - CINRA
- [3] 逆輸入 〜航空局〜 - Wikipedia
- [4] 新作ミュージックビデオ「人生は夢だらけ」本日公開! - 椎名林檎 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
- [5] 椎名林檎、"人生は夢だらけ"が主演 柄本佑×共演 渡辺謙の映画『木挽町のあだ討ち』主題歌に決定。主題歌スペシャル・ムービー公開 - TOWER RECORDS ONLINE
誰かのために書いた言葉を、時間を置いて自分の声で歌い直すように、家や土地にも、誰かが遺した思いを受け継ぎ直す時があります。
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