人生には夢しかありません。この一文を、開き直りではなく、答えとして受け取れるようになったのは、私にとってはわりと最近のことです。「人生は夢だらけ」というタイトルと、そこに繰り返される「この人生は夢だらけ」というリフレインは、一見すると能天気な肯定に聞こえるかもしれません。けれど椎名林檎の声でこれを聴くと、そこには軽薄さではなく、迷いを抜けた末にたどり着いた、澄んだ開き直りが宿っています。夢だらけだと言い切ってしまうことは、裏を返せば、確かなものなど何ひとつない人生を、それでも引き受けるという意思表示でもあります。地に足のついた現実だけを積み上げて生きようとすると、人はどこかで息が詰まります。夢だらけだと笑い飛ばすくらいの余白があってはじめて、人は現実の重さに耐えられるのかもしれません。この曲を聴くと、そのことを教えられます。
6年ぶりのソロ、14曲すべて自作
「人生は夢だらけ」は、2009年6月24日にリリースされた椎名林檎のソロアルバム『三文ゴシップ』に収録された曲です。このアルバムは、前作から約6年ぶりとなるソロ作品で、収録された14曲すべてが椎名林檎自身の作詞作曲によるものでした。編曲は村田陽一が手がけています。6年という歳月は、東京事変というバンド活動に軸足を移していた期間とも重なります。バンドという共同作業の場を経て、再びソロという、すべての判断が自分ひとりにかかる場所に戻ってきたときに書かれた曲だということを思うと、「人生は夢だらけ」という開き直りの言葉には、また別の重みが感じられます。
タイトルにある「三文ゴシップ」という言葉も示唆的です。安っぽい噂話、他愛のない世間話。そういう軽さを自ら名乗ったアルバムの中に、人生の本質を突く重い一言を忍ばせる。この振れ幅の作り方こそ、椎名林檎という表現者の真骨頂だと思います。重々しく人生を語るのではなく、軽やかな身振りの中に核心を置く。だからこそ、聴く側も身構えずに、するりとその核心を受け取ってしまうのだと思います。
夢しかない人生への、静かな祝福
東京で働いていた頃、私は「現実的であること」を美徳のように扱っていました。夢を語ることは幼稚で、地に足のついた計画こそが大人のやることだと思い込んでいました。けれど振り返ってみると、当時の自分を支えていたのは、結局のところ、まだ言葉にできていなかった小さな夢の数々だったのだと気づきます。この会社でこうなりたい、いつかこういう暮らしがしたい。口には出さなくても、そうした夢がなければ、あの頃の日々の労働に耐える理由がありませんでした。人生は夢だらけだと言い切ってしまうことは、実は誰の人生にも当てはまる、単純な真実なのかもしれません。
「鱈腹味わいたい」という椎名林檎らしい言い回しも、この曲の魅力です。人生を余さず味わい尽くしたいという欲望を、上品ぶらずにそのまま言葉にする。夢だらけの人生を、悲観するでも達観するでもなく、味わい尽くす対象として捉える。この態度の軽やかさが、聴く者の肩の力を抜いてくれます。人生に夢しかないなら、その夢を全部味わってしまえばいい。そういう開き直りの中に、実はいちばん健やかな生き方のヒントがあるように思います。
磐田で味わう、夢だらけの人生
50代になり、磐田で家や土地、空き家の相談を受ける日々を送っていると、若い頃に見ていた夢とは違う夢を、今も抱いている自分に気づきます。若い頃の夢が、まだ見ぬ未来への期待だったとすれば、今の夢は、これまで積み重ねてきた時間をどう次の世代へ手渡すかという、もう少し具体的な形をしています。夢の中身は変わっても、夢を持ち続けているという事実そのものは変わりません。人生は、若さを失っても夢だらけであることをやめないのだと、この曲を聴くたびに励まされます。
相談に来られる方々の中にも、人生の最後まで何かしらの夢を持ち続けている人がたくさんいます。この家をこう残したい。この土地をこんな風に活かしたい。年齢を重ねても、人は夢を語ることをやめません。それは決して幼さの表れではなく、生きているということそのものなのだと、この仕事を通じて実感しています。人生には夢しかありません。この曲のタイトルは、開き直りであると同時に、生きることそのものへの、いちばんシンプルな祝福なのだと思います。
ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、人生を満たしてきた夢の記憶を読み直す場所です。
