朝の連続テレビ小説の主題歌は、1日の始まりに流れる曲です。1日の終わりを彩る曲とは、求められる役割がそもそも違う。「カーネーション」を聴いていると、その違いがはっきりと感じ取れます。派手に盛り上げるのでも、劇的に泣かせにくるのでもなく、聴き終えたあとに気持ちがすっと元の場所に戻っていくような、静かな帰着点を持った曲だからです。椎名林檎はこの曲を書くにあたり、朝という時間帯を強く意識し、聴いた人が「リセットされていてほしい」という思いを込めたと語っていると伝えられています[1]。派手な自己主張の代わりに選ばれたのは、ひとりの女性の一生を、大げさにせず、しかし芯のところでは決して揺るがせずに歌いきることでした。私はこの曲を、朝の慌ただしい時間に何度も聴いてきました。仕事に出る前、家を出る前。1日の始まりにこの曲が流れると、これから起きることの重さも軽さも、いったんまっさらな場所に置き直されるような感覚があります。人の一生を描いた曲でありながら、聴く側の今日1日を静かに整えてくれる。そういう不思議な効き方をする曲です。朝ドラの主題歌というのは、半年近くにわたって毎朝流れ続けるという、他のどんな曲とも違う宿命を背負っています。1度や2度の視聴で消費される曲ではなく、視聴者の暮らしの中に毎朝繰り返し差し込まれ、いつのまにか生活の一部になっていく。そういう曲だからこそ、聴くたびに違う疲れ方をしている自分を、いつも同じ場所に立ち返らせてくれる強さが必要なのだと思います。「カーネーション」には、まさにその強さが備わっています。何十年も先、この曲を思い出すとき、私はきっと特定の1つのシーンではなく、朝という時間そのものを思い出すのだろうと感じています。
「上げてほしい」から始まった、もう一つの選択
「カーネーション」は、2011年11月2日にEMIミュージック・ジャパンよりリリースされた椎名林檎の12枚目のシングルで、表題曲を含め3曲を収録しています[2]。この曲はNHK連続テレビ小説「カーネーション」の主題歌として書き下ろされました。ドラマは、大阪・岸和田を舞台に、ファッションデザイナーであるコシノ三姉妹の母・小篠綾子をモデルにした人物が、大正から昭和、そして戦後を生き抜く姿を描いた作品です[3]。興味深いのは、この曲がすんなりと決まったわけではなかったと伝えられている点です。制作の依頼段階では「明るく上げてほしい」という注文があり、椎名林檎はまずその要望どおりに、テンポのよい「人生は思い通り」という曲を書き上げたそうです[2]。ところが脚本とオープニング映像に目を通したあと、あらためて書き直されたのが「カーネーション」でした。当初のオーダーとは違う、より感情の深いところに触れる曲を、あえて主題歌として提出し直した。この選び直しの過程に、椎名林檎がこの物語をどう受け止めたかが表れているように思います。
脚本を手がけた渡辺あやの筆致について、椎名林檎は「あまりにも感激した」と語り、戦争前後の混乱や登場人物の心情に「ごまかしがない」ことに強く惹かれたと伝えられています[4]。そのうえで、「表面だけを捉えて小手先で描いても、たぶん合わない」「生き物として率直に、腹の底から描かないといけない」と考えたそうです[4]。母が子を産み、育てるという、当たり前でありながら実はいちばん難しいことを描きたかった、という趣旨のコメントも残されています[4]。装飾を削ぎ落とし、人の営みの原点に立ち返ろうとする姿勢が、曲全体の骨格を決めたのだと思います。
一度「上げてほしい」という依頼どおりの曲を仕上げてから、あらためて書き直すという手順を踏んだという事実は、私にはとても誠実な仕事の進め方に見えます。求められたものをまず形にしてみて、それでもなお足りないと感じたら、依頼の枠組みそのものを超えて出し直す。これは音楽制作に限らず、どんな仕事にも通じる姿勢だと思います。依頼された通りのものを納めることは簡単です。けれど、依頼の奥にある本当の必要を汲み取り、時には依頼を上書きしてでもより良いものを差し出す。それができる作り手は、実はそう多くありません。「人生は思い通り」という前段階の曲名を知ったとき、私はどこか皮肉めいた符合を感じました。人生は思い通りにいかないからこそ、その先に本当の主題歌が生まれた。この曲の成り立ちそのものが、ドラマが描こうとした人生観を、制作の過程でなぞっていたようにも思えるのです。
石川さゆりを思い浮かべながら
編曲は、椎名林檎作品で幾度も組んできた斎藤ネコが手がけ、弦楽器・木管・金管を含むオーケストラ編成でまとめられています[2]。椎名林檎自身は、この曲を作るにあたって歌手・石川さゆりのスタイルを念頭に置いていたと語っているそうです[2]。演歌的な発声そのものを模したわけではないはずですが、こぶしを効かせた歌い回しと、朗々と伸びる旋律線には、確かにそうした歌謡曲の記憶が重ねられているように聴こえます。ポップスの語法をあえて後景に退け、もっと古い時代から続く日本の歌の呼吸を呼び戻す。そういう作り方をしたからこそ、この曲は「大正時代みたいだけど、いいね」と思わせる懐かしさを帯びているのだと感じます。シングルはオリコン週間チャートで最高5位、Billboard JAPAN Hot 100でも最高5位を記録したと伝えられており[2]、朝ドラ主題歌としては珍しく、鑑賞に堪える重厚な楽曲がそのまま広く受け入れられた例だったと言えそうです。
オリコン週間5位、Billboard JAPAN Hot 100週間5位という数字は、椎名林檎の楽曲としては突出したものではないかもしれませんが、朝の連続テレビ小説という枠の中で、これだけ抑制の効いた楽曲がここまで浸透したこと自体、ある種の異例さを持っていたのではないかと思います。派手さで押し切るのではなく、静けさで長く記憶に残る。そういう届き方をした曲だったのだと感じます。大正や昭和初期という時代は、私たちの世代にとって、直接の記憶ではなく、祖父母の代から間接的に伝え聞く時代です。それでもこの曲を聴くと、行ったことのないはずのその時代の匂いを、確かに感じ取ることができる気がします。着物と洋服が入り混じる街並み、まだ舗装されていない道を歩く下駄の音。具体的な記憶を持たないはずなのに、旋律と編曲が、聴く者の中に眠っている遠い時代への郷愁のようなものを呼び覚ますように聴こえるのです。音楽が優れているのは、体験していない時代の空気さえ、聴き手に手渡せることなのだと思います。斎藤ネコの編曲は、ドラマチックに盛り上げるのではなく、弦がゆっくりと歌に寄り添うように鳴らされていて、聴いていると、まるで古い写真をアルバムから1枚ずつめくっているような感覚に近いと感じます。派手な転調や劇的な展開を避け、旋律そのものの力で聴かせようとする作りだからこそ、この曲は何度聴いても飽きが来ないのだと思います。
大宇宙から始まる、児玉裕一の公式MV
「カーネーション」には、2011年10月24日に公開された公式ミュージックビデオがある[5]。監督は児玉裕一。東京事変の作品でも椎名林檎とタッグを組んできた映像作家で、このMVは"大宇宙に存在するひとつの星から物語は始まる"という、朝ドラの主題歌としては意表を突く規模の設定から幕を開ける[5]。母ひとりの人生を描いた曲でありながら、映像はそこから一足飛びに宇宙という視座まで引いてみせる。この距離の取り方が、この曲の受け止められ方をよく表していると思う。ひとりの女性の一生という、個人の物語として閉じてしまいそうな主題を、映像は生命そのものの営みという大きな枠組みの中に置き直している。MVには東京事変のメンバーを含む特別編成のオーケストラも登場し、椎名林檎の歌声と混ざり合う中で、敬虔さすら感じさせる美しさが静かに、しかしドラマティックに広がっていく[5]。派手なストーリー仕立てにせず、生きるものすべてを慈しむような祈りに近い質感で構成されている点は、曲そのものが持つ抑制と誠実によく呼応している。実写のドラマ性で押し切るタイプのMVと比べると、物語の起伏そのものを楽しむ映像ではないかもしれない。だが、朝ドラの主題歌という枠を超えて、生命の連なりというテーマにまで視野を広げた構成は、単なる販促用の映像を超えた強度を持っている。曲を聴くだけでは見えてこなかった「個人の生涯」と「命の連なり」という二重の視点を、映像が開いてくれる。そう考えると、この曲とMVは、片方だけでは完結しない、補い合う関係にあるのだと思う。ただし、この曲の骨格そのものが、映像なしでも十分に成立する強度を持っている。だからこそ、大石セレクションとしては、映像に支えられる前の「曲」そのものの完成度を、最初に語っておきたかった。
洋裁の手と、家を継ぐ手
ドラマのモデルとなった女性は、洋裁という技術ひとつで、時代の荒波の中を生き抜いたと伝えられています[3]。針と糸、そして布地という、決して大きくはない道具立てで、自分の店を構え、家族を養い、次の世代を育て上げた。その手仕事の積み重ねが、やがて世界的なデザイナーを何人も送り出す土壌になったという事実には、静かな凄みがあります。私は洋裁の専門家ではありませんが、仕事で古い家の片付けに立ち会うたびに、この曲で描かれているような手仕事の跡に出会うことがあります。使い込まれたミシン、糸巻き、手書きの型紙。それらはただの遺品ではなく、そこに刻まれた時間そのものであり、誰かがその手で家族の暮らしを支え続けてきた証だと感じます。大きな決断や華やかな成功だけが人の一生を語るのではなく、日々繰り返された地道な手の動きの積み重ねこそが、その人の生涯を形づくっている。この曲を聴いていると、そのことをあらためて思い出させられます。
不動産や相続の相談の場で、家という土地に根ざした資産と、洋裁のような一代限りの手仕事を並べて考えることがあります。家は次の世代へそのまま引き継ぐことができますが、手に染みついた技術や、その人にしか出せない味わいは、簡単には受け渡せません。それでも、家の中に残された道具や品々を通じて、確かに何かが次の世代へ流れ込んでいくのを感じることがあります。娘たちがそれぞれの道でデザイナーとして名を成したのも、母の手仕事を間近で見て育ったからこそだったのだろうと思います。技術そのものではなく、手を動かし続けるという姿勢が、次の世代に受け継がれていく。家や土地の相続に立ち会う仕事をしていると、そういう、目に見えない継承の形にたびたび出会います。
磐田の朝と、名もなき母たちの記憶
磐田で家や相続の相談を受けていると、大正から昭和にかけて生まれた方々の家に立ち会うことがよくあります。空き家になった実家を片付けていると、古い着物や、手縫いのミシン、色褪せた家族写真が出てくることがある。それらの持ち主だった母親や祖母たちも、戦争を挟んだ激動の時代を、自分の手ひとつで家族を支えながら生き抜いてきた人たちでした。ドラマのモデルになった女性のような華々しい経歴を持たない、ただの主婦として、ただの母として一生を終えた人たちです。それでもこの曲を聴くと、そうした無数の名もなき母たちの姿が、静かに思い出されてきます。歴史の教科書に載る出来事としてではなく、そこに生きたひとりひとりの体温として、時代が立ち上がってくる。それがこの曲の力なのだと思います。
東京で働いていた頃の自分は、こうした古い時代の記憶に触れる機会がほとんどありませんでした。仕事に追われる日々の中で、目の前の案件と数字ばかりを見ていたように思います。磐田に戻り、家や土地という、動かないものと向き合う仕事を続けるようになってから、ようやく時代を生き抜いた人たちの暮らしの手触りに触れるようになりました。空き家という形で残された家は、そこに住んでいた人の1日1日の積み重ねそのものです。片付けの現場に立つたびに、私はそこに刻まれた誰かの母の、誰かの祖母の生涯を、わずかながら想像することになります。この曲が持つ静かな重みは、そうした想像力を静かに後押ししてくれるもののように感じます。
カーネーションという花は、母の日に贈られる花として知られています。母を描いた物語の主題歌であることは、偶然にしてはできすぎているように思えるほど符合しています。朝、まだ何も始まっていない時間にこの曲を聴くと、これから始まる1日の背後に、そうやって時代を生き抜き、家族を支えてきた誰かの母の存在があることを、あらためて思い出させられます。磐田の空き家の片隅に眠る、名前も知らない誰かの母の記憶にも、この曲は静かに寄り添ってくれる気がします。朝という時間に「リセットされていてほしい」という椎名林檎の願いは、聴く者だけでなく、曲の中で描かれた、そして曲の外で生きてきた無数の母たちにも、同じように向けられていたのかもしれません。仕事に出る前、家族の顔を見てから玄関を出るまでのわずかな時間に、この曲を1度でも思い出すことができたなら、その日1日を少しだけ丁寧に過ごせるような気がしています。
参考リンク
- [1] "人の営み"として当たり前のことを描きたかった | Fanplus Music
- [2] カーネーション (椎名林檎の曲) - Wikipedia
- [3] カーネーション (テレビドラマ) - Wikipedia
- [4] 椎名林檎、NHK次期朝ドラ『カーネーション』主題歌に決定 | ORICON NEWS
- [5] 椎名林檎、ドラマ主題歌の新曲「カーネーション」MV視聴開始! | Skream!
音楽が半年間、朝という時間に寄り添い続けるように、家や土地にも、誰かが積み重ねた暮らしの時間が残っています。
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