ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://youtu.be/Tqu2Us206tw
確認した動画: 椎名林檎 - 「カーネーション」 from (生)林檎博'18(椎名林檎 本人公式チャンネル)

大正時代みたいだけど、いいね。この曲を初めて聴いたときの印象を言葉にすると、まさにこの一言に尽きます。「カーネーション」は、椎名林檎の楽曲の中でも、とりわけ和の情緒とレトロな気配を強く漂わせた1曲です。斎藤ネコによる弦楽器主体の編曲が、まるで昭和初期の映画のワンシーンのような重厚さと哀愁を醸し出し、椎名林檎自身のこぶしを効かせた歌唱が、時代を超えた女性の強さと哀しみを歌い上げます。現代のポップスでありながら、聴いていると本当にどこか懐かしい、遠い時代の空気に包まれる。この曲が持つ独特の時代感は、狙って作れるものではなく、書き手が本気でその時代の空気を吸い込み、租借した末に生まれたものだと感じます。

ある女性デザイナーの母の生涯

「カーネーション」は、2011年11月2日にリリースされた椎名林檎の12枚目のシングルです。この曲は、NHK連続テレビ小説「カーネーション」の主題歌として書き下ろされました。ドラマは、ファッションデザイナーであるコシノ三姉妹(コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコ)の母、小篠綾子の波瀾万丈な生涯を描いた作品です。物語の舞台は大正時代から昭和初期にかけての、2つの世界大戦をまたぐ激動の時代です。作詞作曲は椎名林檎、編曲は斎藤ネコが手がけました。

小篠綾子という人は、大正時代に生まれ、戦争という時代の荒波に翻弄されながらも、洋裁の技術を身につけ、自分の店を持ち、3人の娘たちをそれぞれ世界的なデザイナーに育て上げた女性です。その生涯を主題歌として引き受けるにあたり、椎名林檎は現代的なポップスの語法をあえて封印し、大正から昭和という時代の呼吸そのものを曲に宿らせることを選んだのだと思います。だからこの曲は、聴いた瞬間に、あの時代を生きた誰かの人生を思わせる音になっています。

大正という時代の匂い

大正時代や昭和初期という時代は、私たちの世代にとって、直接の記憶ではなく、祖父母の代から間接的に伝え聞く時代です。それでも、この曲を聴くと、行ったことのないはずのその時代の匂いを、確かに感じ取ることができます。着物と洋服が入り混じる街並み、蓄音機から流れる音楽、まだ舗装されていない道を歩く下駄の音。そうした具体的な記憶を持たないはずなのに、この曲のメロディーと編曲は、聴く者の中に眠っている、遠い時代への郷愁のようなものを呼び覚まします。

音楽が優れているのは、体験していない時代の空気さえ、聴き手に手渡せることだと思います。小篠綾子という実在の女性が生きた激動の時代を、私は直接知りません。それでもこの曲を聴くと、着物をたたみ直しながら洋裁の道具を手に取る、ひとりの女性の背中が見えるような気がします。歴史の教科書に載っている出来事としての大正・昭和ではなく、そこに生きたひとりの人間の体温として、時代を感じさせてくれる。これが「カーネーション」という曲の力です。

磐田の母たちの、カーネーション

磐田で家や相続の相談を受けていると、大正から昭和にかけて生まれた方々の家に立ち会うことがよくあります。空き家になった実家を片付けていると、古い着物や、手縫いのミシン、色褪せた家族写真が出てくることがあります。それらの品々の持ち主だった母親や祖母たちも、小篠綾子と同じように、戦争を挟んだ激動の時代を、自分の手ひとつで家族を支えながら生き抜いてきた人たちでした。この曲を聴くと、そうした無数の名もなき母たちの姿が、小篠綾子というひとりの女性の生涯と重なって浮かんできます。

カーネーションという花は、母の日に贈られる花として知られています。この曲が母を描いた物語の主題歌であることは、偶然にしてはできすぎているように思えるほど、しっくりと符合しています。大正時代みたいだけど、いいね、という最初の感想は、単に音楽的な懐かしさへの評価ではなく、この曲が呼び覚ます、時代を生き抜いた母たちへの敬意でもあったのだと、あらためて思います。磐田の空き家の片隅に眠る、名前も知らない誰かの母の記憶にも、この曲は静かに寄り添ってくれる気がします。

ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、時代を生き抜いた母たちの記憶を読み直す場所です。