年末の不動産相談は、なぜか年明けまで待ってくれないことが多い。空き家をどうするか、実家をどうするか、家族の中で言い出しにくかった話が、なぜか12月に入ってから急に動き出す。今年もそうだった。磐田の現場を車で回りながら、ラジオから「冬が終わる前に」が流れてきたとき、大石浩之はしばらくハンドルを握ったまま、次の交差点を見過ごしそうになった。2011年の冬、東京でこの曲を初めて聴いたときの記憶が、そのままの温度で戻ってきたからだ。清水翔太の声は、当時から変わらず、甘さと切なさを同じ量だけ含んでいる。タイトルにある「冬が終わる前に」という一言には、期限が区切られている。永遠に待ってはくれない、という前提があるからこそ、そこに込められた願いは切実になる。曲そのものは離れた恋人への想いを歌ったラブソングだが、大石にとってその切実さは、恋愛の記憶だけにとどまらない。東京を離れて磐田に戻り、家業を継ぎ、家族と土地に向き合うようになってから、「期限のあるうちに伝えるべきこと」は何度も目の前に現れた。冬という季節の終わりは、そのつど静かに、しかし確実に近づいてくる区切りだった。誰かに何かを届けたいと思っても、日々の忙しさの中では、その気持ちをつい後回しにしてしまう。それでも季節は待ってくれない。この曲を聴くたびに、大石はそのことを思い出す。今日訪れた空き家の持ち主も、きっと似たような後回しを重ねてきたのだろう。冬になると、そういう先延ばしにされてきた想いが、あちこちで一斉に動き出す。
2011年冬、清水翔太が選んだ「ウィンターソング」という形
「冬が終わる前に」は、2011年12月21日にリリースされた清水翔太の通算12枚目のシングルで、同年4作目のシングルにあたる(ソニーミュージック公式サイト、Wikipedia「清水翔太のディスコグラフィ」より)。収録アルバムは「Naturally」で、初回生産限定盤はCD+DVD仕様、通常盤はCDのみという形でリリースされた。ミュージックビデオは野田智雄が監督し、俳優の染谷将太と水沢奈子が出演している。Fanplus Musicのインタビュー記事によれば、清水翔太自身は「冬という季節と自分の音楽は、いい感じにはまりやすい」と語っており、それまで意図的に冬らしさを前面に出した楽曲を作ってこなかったことに気づき、あえてこの年の冬にウィンターソングを作ろうと決めたという経緯が明かされている。作詞・作曲は清水翔太本人によるとされる(レコチョク等の楽曲情報より)。カップリング曲「When You Cry」については「大切な人を失うということについて書いた曲」と本人が説明しており、この時期の清水翔太が「離れているふたり、会えないふたりを書くのが好き」だと公言していたことも、あわせて伝えられている。オリコンチャートでは19位を記録したとする資料もあるが、この数字については一次資料での裏取りが取れていないため、あくまで参考情報として受け止めておきたい。いずれにせよ、発売から10年以上が経った今も、冬が近づくたびにこの曲を聴き返すリスナーが一定数いることは、大石自身の実感としても間違いない。
制作意図として語られているのは、「冬の切なさ」と「クリスマスが近づくキラキラ感」を両方とも曲の中に共存させたいという考えだったという。バラードとも、アップテンポなダンスナンバーとも言い切れない、独特の温度感を持つ楽曲に仕上がったのは、その両立を目指した結果ではないかと聴こえてくる。実際に聴くと、イントロから漂う空気は決して重くはなく、むしろ光の粒のような煌めきがある。だが歌が進むにつれて、その煌めきの奥に、会えない時間の長さがじわりと滲んでくる。清水翔太のR&Bを基調とした歌唱は、力強く伸びるというより、声の輪郭をわずかに震わせながら包み込むように響く。サビにかけて音数が増えていく構成は、感情が高まっていく様子をそのまま音にしているようにも聴こえ、抑制と解放のバランスが丁寧に設計されている印象を受ける。声を張り上げて訴えるのではなく、むしろ抑えた歌い方の中に切実さを滲ませる歌唱法は、清水翔太というアーティストの持ち味であり、この曲でもその抑制の効いた表現がよく活きているように感じられる。派手な高音を多用するタイプの歌手とは対照的な、静かな説得力がある。
編曲面についても触れておきたい。冬らしい鈴の音や柔らかいピアノの響きが控えめに配置されている印象があり、過剰にクリスマス色を強調するのではなく、あくまで清水翔太の歌声を主役に据えた作りになっているように聴こえる。R&Bシンガーとしてのキャリアを積んできた清水翔太らしく、リズムの取り方にもグルーヴ感があり、単なる季節ソングにとどまらない厚みを楽曲に与えている。こうしたバランス感覚は、後に続く彼のウィンターソング系の楽曲にも通じる原点のひとつだったのではないかと想像している。
期限があるから、伝えられる本音がある
東京で働いていた頃、大石にも似た経験があった。異動や転勤、あるいはプロジェクトの区切りといった、外から与えられる期限が近づくと、それまで言えずにいたことを、不思議と口に出せるようになる瞬間があった。永遠に同じ場所にいられるわけではないと分かっているからこそ、今伝えなければ、という気持ちが背中を押す。「冬が終わる前に」というタイトルの言葉選びは、この心理をそのまま言い当てているように思える。冬はいつか必ず終わる。だからこそ、その季節のうちに届けたい言葉がある、という構造だ。歌詞の細部に立ち入ることはしないが、離れてしまった相手を思う気持ちが、季節の終わりという自然の摂理と重ねて描かれていることは、繰り返し聴くたびに伝わってくる。日本のラブバラードが長年磨いてきた、季節と感情を重ね合わせる手法の、丁寧な実践のひとつだと言えるだろう。人は、期限のない約束にはどこか甘えてしまう。いつでも言える、いつか言えばいい、と思っているうちに、機会そのものが静かに失われていく。冬という区切りをあえて曲の主題に据えたこの楽曲は、そうした人間の弱さを見透かした上で、それでも今伝えようとする意志を後押ししてくれるように、大石には聴こえる。
大石自身、東京から磐田に戻る決断をしたときも、同じような期限の感覚があった。家族の高齢化、実家の維持、土地の将来。どれも「いつかやらなければ」と分かっていながら、日々の忙しさに紛れて先送りにしていたことだった。それでも、ある冬に区切りをつけざるを得ない出来事が重なり、東京での仕事を離れる決意をした。あのとき感じていたのは、恋愛の別れとはまた違う種類の切なさだったが、根っこにある感情は近いものだったと今では思う。誰かと、あるいは何かと、離れてしまう前に、伝えるべきことを伝えておきたいという願い。清水翔太の声が持つ、甘さの中に混じるわずかな緊張感は、そうした感情の重なりをすくい取ってくれる。当時の同僚や友人の中には、東京を離れると告げたときに初めて、これまで言えずにいた本音を交わし合えた相手もいた。離れることが決まって初めて、それまでの関係の意味に気づく、というのはよくある話だが、実際に経験すると、その気づきの重さは想像以上だった。冬の終わりが近づく中で交わされた、あの短いやり取りの数々を、大石は今でもときどき思い出す。会話の内容よりも、そのとき交わした言葉の温度や、互いの表情の方が記憶に残っているのは、不思議なことだと今でも思う。
磐田の冬、家と土地に向き合う仕事の中で
磐田で不動産の相談を受けていると、季節が変わる前に決断を迫られる場面によく出会う。冬の間に空き家の片付けを終えたい、雪や霜で傷む前に手を打ちたい、年内に相続の話し合いを済ませたい。そうした具体的な事情の奥には、たいてい「誰かに何かを伝えたい」という、もっと個人的な願いが隠れている。親から子へ、子から親へ、あるいは疎遠になった親族へ。言葉にするタイミングを逃し続けてきた想いが、季節の区切りをきっかけに動き出すのを、大石は現場で何度も見てきた。「冬が終わる前に」というタイトルが持つ切実さは、そうした場面と静かに響き合う。恋人への想いという曲の主題から離れて聴いても、この曲が長く支持されてきた理由の一端は、誰の人生にもある「期限のうちに伝えたい何か」という普遍的な感覚を、過不足なくすくい取っているからではないかと感じている。空き家の相談に来る家族の多くは、最初は物件そのものの話をしにくる。だが話を重ねていくうちに、本当に困っているのは建物ではなく、家族の中で交わされないままになっている言葉の方だと分かることが少なくない。誰が実家を継ぐのか、誰が最後まで面倒を見るのか。そうした話し合いを先延ばしにしてきた家族が、冬という区切りを前にようやく重い口を開く場面に、大石は幾度となく立ち会ってきた。不動産の仕事は、突き詰めれば建物や土地そのものよりも、そこに暮らしてきた人と人との関係を整理する仕事なのかもしれないと、こうした場面に出会うたびに感じている。
今年も磐田の冬は、静かに深まりつつある。仕事の合間に土地を見て回りながら、大石はふと、この曲を最初に聴いた東京の冬の記憶を思い出す。あの頃離れてしまった人たちのうち、今も連絡を取れる人は多くない。それでも、季節が変わる前に届けたかった言葉を、いくつかは実際に届けられたという記憶が残っている。届けられなかった言葉も、もちろんある。清水翔太の歌声を聴くたびに、届けられた記憶とそうでない記憶の両方が、静かに立ち上がってくる。それは決して重い感傷ではなく、むしろ穏やかな確認作業に近い。冬が終わる前に、今年も何かを整理し、誰かに何かを伝える。そのための時間が、まだ残っているということを、この曲は毎年思い出させてくれる。家族と暮らす今の家、日々見て回る土地、そして磐田という場所そのものが、大石にとっては「まだ間に合う」という感覚を支えてくれる基盤になっている。東京にいた頃は気づかなかったが、地に足のついた場所があるからこそ、離れてしまった人へ言葉を届ける勇気も湧いてくるのかもしれない。冬が終わる前に、という一節を胸に、今年もこの曲を聴きながら、大石は年の瀬の仕事を続けていく。次の冬が来るまでに、また少し、誰かに何かを伝えられていればいいと思う。
季節をきっかけに何かを伝えるという発想は、決して特別なものではないのかもしれない。それでも、きっかけがなければ動けない気持ちがあるのも事実だ。冬という区切り、年末という節目、あるいは一曲の歌。そうした外側からの後押しがあって初めて、心の中にしまい込んでいた言葉が外に出てくることがある。「冬が終わる前に」は、清水翔太自身の言葉を借りれば、遠距離で会えない恋人たちに向けて書かれた曲だが、その根底にある「今伝えなければ」という切迫感は、恋愛に限らず、家族や故郷、あるいは過去の自分自身との関係にもそのまま当てはめられる。磐田で仕事をする大石にとって、この曲は年に一度、冬が来るたびに、そうした問いを静かに投げかけてくる存在になっている。