タクシーというのは、乗り合わせた見知らぬ者同士が、目的地に着くまでの短い時間だけ、同じ空間を共有する乗り物です。「ODDTAXI」というタイトルの奇妙なタクシーには、そういう一期一会の出会いの気配が漂っています。この曲を歌うスカートの澤部渡とPUNPEEは、東京・板橋区の出身という共通点を持ちながら、長らく音楽の上での接点はなかった2人だったといいます。音楽ナタリーのインタビューによれば、2人が互いを板橋出身と知ったのは、東京23区の出身者を紹介する雑誌の企画で、板橋区の代表としてそれぞれ取り上げられたことがきっかけだったそうです。同じ区で育ちながら、まったく違うジャンルの音楽を歩んできた2人が、あるアニメ作品の主題歌という仕事をきっかけに、初めて同じ車に乗り合わせる。この曲の成り立ちそのものが、タイトルの「奇妙なタクシー」という設定を、現実の中でなぞっているように感じられます。
人と人との距離は、住んでいる場所の近さだけでは測れません。同じ町、同じ学区、同じ駅を使っていたとしても、生きている時間帯や関心の向く先が違えば、何十年経っても言葉を交わす機会が訪れないことのほうが、実際には多いのだと思います。スカートとPUNPEEもまた、同じ板橋という土地で育ちながら、片やポップスの世界で、片やヒップホップの世界で、それぞれ独自の道を歩んできました。その2人が、アニメ『オッドタクシー』という一本の作品の主題歌を任されたことで、初めて同じ座席に並んで座ることになる。この記事では、そうした偶然の交差を軸にしながら、「ODDTAXI」という曲そのものの成り立ちと、聴こえてくる音の手触りを、自分自身の記憶と重ねながら書いていきたいと思います。
板橋という共通点から生まれた出会い
「ODDTAXI」は2021年4月7日にリリースされた楽曲で、TVアニメ『オッドタクシー』のオープニングテーマとして書き下ろされました。音楽ナタリーのインタビューによれば、スカートとPUNPEEには板橋出身という共通点がありながら、それまで直接の交流や音楽的な接点はなく、この楽曲制作が2人にとって初めての共作になったそうです。同じ雑誌企画で互いの存在を知ってはいても、それだけでは道は交わらない。アニメ主題歌というひとつの依頼が来て初めて、2人は同じ仕事の場に立ったことになります。
『オッドタクシー』は、動物のキャラクターたちが暮らす街を舞台にした群像劇で、一見無関係に見える人々の人生が、少しずつ交差していく構成が特徴の作品だったと記憶しています。その主題歌に、これまで交わらなかった2人の板橋出身者を起用するという判断そのものが、作品のテーマと響き合っているように思えます。制作サイドがどこまで意図してこの組み合わせを選んだのかは推測の域を出ませんが、少なくとも結果として、楽曲の成り立ちとアニメ本編の構造が、同じ「見知らぬ者同士の交差」という主題を共有することになったのは、偶然にしてはできすぎているようにも感じられます。
制作の過程で、まずスカートの澤部渡がアニメのオープニングの尺に合わせたデモを作り、それをPUNPEEに送るところから曲が動き出したと伝えられています。この曲が配信で1000万回再生を突破した際には、その最初期のデモ音源が記念に公開されたそうで、完成形と聴き比べると、曲の骨格が最初からほとんど変わっていないことに驚かされます。澤部が最初に置いたギターのリフとフックのメロディーの時点で、すでに「ODDTAXI」という曲の輪郭ははっきりしていたのだろうと思います。
誰かに何かを送る、というのは、思っている以上に緊張する行為です。仕事で見積もりの資料を送るときも、相手がそれをどう受け取るかは、送った瞬間にはわかりません。澤部が最初のデモをPUNPEEに送った夜、そこにどんな迷いがあったのか、それは想像するしかありませんが、同じ町の出身でありながら初めて仕事をする相手に、自分の作った音を差し出す。それは、単なる制作工程のひとつではなく、ある種の自己紹介でもあったのではないかと思います。デモの段階で骨格がすでに固まっていたということは、その最初の一送りに、それだけの確信が込められていたということでもあります。
タクシーの車窓のようなミックス
この曲を改めて聴くと、音の詰め込み方の抑制が印象に残ります。USENの音楽情報サイト「encore」の評論では、この曲のミックスについて「均し過ぎない」処理が特徴として挙げられていました。ローズピアノの柔らかい音色と、アコースティックギターのストロークという、あくまで控えめな楽器編成の上に、スカートの歌とPUNPEEのラップが、互いを潰し合わずに並んで置かれている。そう聴こえます。ラップパートも情報量を詰め込みすぎず、言葉と言葉の間に隙間が残されている。その隙間が、タクシーの車窓から流れていく街の景色のような時間の感覚を曲に与えているように感じます。
同記事では、この異色のフィーチャリングを、令和における「ブギー・バック」的な立ち位置として位置づけてもいました。ポップスとヒップホップという、本来別々の場所に居場所を持つ2人の音楽性が、「そうきたか」という意外性と「わかってるじゃないか」という納得感を両立させながら重なり合う。ジャンルの違う2人が同じ曲の中で交わることそのものが、この曲の一番の聴きどころなのだと思います。売り上げやランキングの具体的な数字までは確認できていませんが、配信の再生数が節目を重ねてきたことからも、この曲が一時的な話題で終わらず、長く聴かれ続けてきたことがうかがえます。
2021年のリリースから時間が経ってもなお、この曲が聴かれ続けている理由のひとつは、その控えめな作りにあるのではないかと思います。派手なサビで押し切るのではなく、澤部の歌声とPUNPEEのラップが、互いの領分を侵さずに並走している。だからこそ、繰り返し聴いても飽きが来ない。むしろ聴くたびに、これまで気づかなかった言葉の置き方や、楽器の入り方に耳が向くようになる。長く聴かれる曲というのは、一度で全部を出し切らない曲なのかもしれません。「ODDTAXI」は、その意味で、何度も乗り込みたくなるタクシーのような曲だと思います。
2025年には、この曲が「レコードの日」の企画として7インチアナログレコードで発売されることも決まったと報じられていました。配信で完結せず、あらためて物としての形を与えられるというのは、その曲が一過性の主題歌以上のものとして受け止められてきた証のひとつなのだろうと思います。デジタルで完結する時代に、あえてアナログという手間のかかる形式が選ばれる背景には、聴き手の側にこの曲を「所有したい」という気持ちが積み重なってきたことがあるのかもしれません。
同じ町で育っても、違う道を歩む
東京で働いていた頃、同じ出身地の人と出会うと、それだけで不思議な親近感を覚えることがよくありました。けれど、同じ町で育ったからといって、必ずしも同じ時期に交流があるとは限りません。人生の道は、地理的な近さとは関係なく、それぞれの選択によって分かれていきます。スカートとPUNPEEのように、同じ区の出身でありながら、それぞれ独自の音楽性を育て、まったく交わらないまま長い時間を過ごしてきた例は、決して珍しいことではないのだと思います。雑誌の一企画で名前を並べられたくらいでは、道は交わらない。それぞれの現場で、それぞれの仕事を積み重ねていくだけです。
けれど、そういう離れた道を歩んできた者同士が、ある偶然のきっかけで交差したとき、そこには思いがけない化学反応が生まれます。「ODDTAXI」というタイトルの奇妙さは、まさにそういう、予定調和ではない出会いの妙を表しているのだと思います。同じ町で育ちながら別々の人生を歩んできた2人が、1台のタクシーに乗り合わせたときにだけ生まれる、特別な会話。この曲は、その一期一会の豊かさを、見事に音楽として結晶させています。
自分自身、東京で働いていた時期を振り返ると、磐田の出身だと知って声をかけてくれた人が、何人か記憶に残っています。ただ、その多くは、名刺交換の場で一度言葉を交わしただけで、そこから先の関係に発展したわけではありませんでした。同郷であることは、会話のきっかけにはなっても、それだけで人生が交わる保証にはならない。むしろ、その後何年も接点がないまま過ぎていくことのほうが普通です。スカートとPUNPEEの場合も、雑誌の企画で互いを知ってから、実際に一緒に曲を作るまでには、それなりの時間が流れていたはずです。その空白の時間があったからこそ、実際に共作が実現したときの噛み合い方に、驚きと納得の両方が生まれたのだと思います。
磐田で乗り合わせる、それぞれの道
磐田という同じ地域で暮らしていても、それぞれがまったく違う人生の道を歩んでいます。家や土地の相談の仕事をしていると、同じ町の出身でありながら、これまで一度も接点のなかった方々と、初めて言葉を交わす機会が数多くあります。地理的な近さは、必ずしも人と人をつなげるわけではなく、ある偶然のきっかけがあって初めて、その距離は縮まります。仕事の依頼という形で誰かの家や土地の話を聞くとき、自分がその人と同じ町で生きてきたはずなのに、今日まで一度も交わらなかった時間の厚みを思うことがあります。
家族というのは、生まれたときから同じ屋根の下にいる分、道が交わっていることを当たり前だと思ってしまいがちです。けれど、同じ家に暮らしていても、それぞれが違う仕事、違う友人関係、違う悩みを抱えながら、実は日々すれ違うようにして生きている。そのことに気づかされる瞬間が、ふとした会話の中にあります。土地というのは、そこに住む人々の交わりと、すれ違いの両方を静かに抱えている場所なのだと思います。磐田という同じ土地で暮らす家族や隣人との関係も、板橋という同じ区で育った2人の音楽家の関係と、根っこのところではそう変わらないのかもしれません。
「ODDTAXI」が見せてくれた、同じ町の出身者同士の思いがけない交差は、地域に根ざした仕事をする上でも、大切な視点を与えてくれます。同じ場所で育った者同士だからこそ通じ合えるものと、それでも交わることのなかった時間の両方を尊重しながら、これからも人との出会いを大切にしていきたいと思います。タクシーの座席に乗り合わせた見知らぬ者同士のように、短い時間の中でしか交わらない縁もあります。それでもその一度の同乗が、双方にとって忘れがたい記憶になることを、この曲は静かに教えてくれます。
この曲を聴くたびに思い出すのは、磐田の実家の近くを流れる小さな川沿いの道を、子どもの頃に歩いた記憶です。同じ道を、同じ時間帯に歩いていたはずの同級生と、大人になってから顔を合わせても、互いの人生がどこですれ違い、どこで交わらなかったのか、うまく説明できないことがあります。それでも、何十年か経って、思いがけない仕事や集まりの場で再会したとき、そこには確かに、同じ土地で過ごした時間が土台としてあったのだと気づかされます。「ODDTAXI」のタクシーのように、乗り合わせる瞬間は選べません。けれど、その瞬間が来たときに、これまで積み重ねてきたそれぞれの時間が、静かに響き合う。そういう出会いを、これからも大切にしていきたいと思います。