「木蘭の涙」がスターダスト☆レビューのアルバム『SOLA』に収録されたのは1993年のことだと、後になって知った。当時の自分はまだ東京で、目の前の仕事をこなすことに精一杯で、この曲がどんな速度で世の中に広がっていったのかを、リアルタイムで追いかけてはいなかった。シングルとして世に出てからしばらくは、いわゆる大ヒット曲というほどの騒がれ方はしなかったらしい。それが2003年、音楽番組でボーカルの根本要が弾き語りに近い形でこの曲を歌ったことをきっかけに、あらためて注目を集めるようになったという。翌年には他のアーティストによるカバーもヒットし、「木蘭の涙」という曲そのものが、作り手の手を離れて一人歩きを始めたように見える時期があった。そして2005年、バンドのデビュー25周年を記念して、コンサートで繰り返しリクエストされてきた楽曲がセルフカバーの形で新たに録音された。その一曲が「木蘭の涙〜acoustic〜」であり、ウイスキーのテレビCMの音楽として茶の間に流れることになる。ギター一本に近い、削ぎ落とされた響きで歌われるその声を聴いたとき、私はふと、磐田の家で夜な夜な聴いていた頃の記憶と、東京で働いていた頃の記憶が、静かに重なるのを感じた。10年以上の時を経て、装いを変えて戻ってきた歌には、当時とは違う手触りがある。それは若い頃の勢いではなく、年月を重ねてなお残るものだけが持つ、静かな強さのようなものだ。この記事では、そんな「木蘭の涙〜acoustic〜」という曲を、事実として分かっていることと、自分の記憶とを行き来しながら、あらためて読み直してみたい。
1993年の「木蘭の涙」と、2005年のアコースティック版
「木蘭の涙」は、1993年3月10日に発売されたアルバム『SOLA』に収録され、同年7月25日にシングルカットされたと伝えられている。作詞を山田ひろし、作曲を柿沼清が手がけ、ボーカルの根本要が歌う一曲だ。発売当初から爆発的な話題になったわけではなかったようだが、じわじわとファンの間で歌い継がれ、コンサートで欠かせない一曲になっていったと言われている。大きな転機になったとされるのが、2003年の音楽番組「クリスマスの約束」への出演だ。根本要がゲストとしてこの曲を歌ったことで、リアルタイムで聴いていなかった層にも「木蘭の涙」という曲名が届くようになったという。翌2004年には佐藤竹善 with コブクロによるカバーもヒットし、「木蘭の涙」という曲そのものが、原曲の記憶を持たない世代にも少しずつ浸透していった時期だったようだ。
そして2005年5月25日、バンドのデビュー25周年という節目に、コンサートでリクエストの多かった楽曲を新たにアコースティックでセルフカバーする企画が実現した。「木蘭の涙〜acoustic〜」「シュガーはお年頃〜acoustic〜」「何やってんだろう〜acoustic〜」「Thank You〜acoustic〜」の4曲がまとめて新録され、その中でも「木蘭の涙〜acoustic〜」がニッカウヰスキーの「ニューオールモルト」のCMソングとして起用された。CMには石田ゆり子が出演していたと伝えられている。原曲の発売から10年以上が経ってから、同じ歌い手が同じ曲をもう一度歌い直し、それがテレビCMという形で不特定多数の耳に届く。この巡り合わせ自体が、「木蘭の涙」という曲の生命力を物語っているように思える。アコースティック版そのものの売上やチャート順位については、公開されている資料の中に明確な記載を見つけることができなかった。ただ、CMソングとして繰り返し流れたことが、原曲を知らなかった世代への再認知につながったことは、複数の紹介記事が触れている点であり、その広がり方は確からしい。
デビュー25周年という節目に、新曲ではなくあえて過去の代表曲をセルフカバーするという選択にも、このバンドらしさが表れているように感じる。時代に合わせて新しいものを作り続けることだけが前進ではなく、すでに手元にあるものを丁寧に磨き直すことも、一つの創作のかたちなのだと、この企画は静かに語っているように思える。
削ぎ落とされた音が語るもの
アコースティック版を聴くと、原曲にあったバンドアンサンブルの厚みが、ギターや生音を中心とした編成に置き換えられているように聴こえる。派手なアレンジで押し切るのではなく、根本要の歌声そのものと、言葉の一つひとつの間(ま)を聴かせる作りに近づいているという印象を受ける。CMという短い尺の中で使われたことも、このシンプルな編成が持つ説得力と無関係ではないのかもしれない。音数を絞り込むほどに、短い時間の中でも歌の芯が伝わりやすくなる。装飾を減らすほどに、歌が本来持っていた芯のようなものが浮かび上がってくるようだ。バンドサウンドで聴いていたときには気づかなかった、旋律そのものの骨格の強さが、アコースティック編成になってはじめて表に出てきたようにも感じられる。
10年以上前に作られた曲を、同じ歌い手が、円熟した声と経験を通してもう一度歌い直す。そうした行為自体が、この曲に新しい意味を与えたようにも感じられる。20代で歌う「木蘭の涙」と、30代半ばを過ぎて歌う「木蘭の涙〜acoustic〜」とでは、同じ旋律であっても、そこに乗る呼吸や重みが違って聴こえてくる。若さゆえの勢いで押し切っていた部分が、経験を重ねたことで、間の取り方や息づかいの余白へと変わっていったように聴こえるのだ。オリジナル版がヒットしていく過程と、CM効果によってアコースティック版が広く聴かれていった過程とでは、届き方の速度も温度もまるで違っていたはずだ。前者はライブやテレビ番組を通じてじわじわと広がり、後者はテレビCMという反復の力を借りて、一気に多くの人の耳に触れることになった。同じ曲でありながら、二つの異なる時間の流れを経てきたことになる。ライブ映像で聴く「木蘭の涙〜acoustic〜」からは、そうした二重の時間の重なりを、演奏の呼吸そのものから感じ取ることができるように思う。
興味深いのは、この曲がリバイバルヒットしていく過程で、他のアーティストによるカバーも生まれていったことだ。作り手やオリジナルの歌い手の手を離れ、さまざまな声によって歌い継がれていくという現象は、その曲がすでに一つの「共有財産」のような性格を帯び始めていたことの証でもあるように思う。アコースティック版は、そうした広がりの中で、原点であるはずの根本要自身の声によって、あらためて「本家」の輪郭を描き直す役割も担っていたのかもしれない。多くの人にカバーされ、多くの人の記憶の中に散らばっていった旋律を、作り手自身の声でもう一度一本にまとめ直す。そういう静かな仕事を、このアコースティック版は担っていたようにも思える。
東京で見送った速度
東京で働いていた頃、私は物事の評価がつく速度に、いつも急かされているような感覚を持っていた。企画や提案が形になったその場で結果が出なければ、次の案件に押し流されていく。そういう環境に身を置いていると、時間をかけて評価が定まっていくものの価値を、じっくり眺める余裕を持ちにくい。「木蘭の涙」が1993年の発表から2003年のリバイバル、そして2005年のアコースティック版へとゆっくり形を変えていった経緯を知ったとき、自分がかつて足早に通り過ぎてしまった何かを、思い出さずにはいられなかった。すぐに芽が出るものだけが価値を持つわけではない。時間という別の座標軸を経てはじめて、その本当の輪郭が見えてくるものがある。東京にいた頃の私は、そのことをどこかで分かっていながらも、日々の速度に追われて実感としては捉えきれていなかったように思う。
当時、私が関わっていた仕事の中にも、すぐには評価されなかった提案がいくつもあった。その場で結果が出なければ、それは失敗として片づけられていく。けれど後になって、別の担当者の手でその提案が形を変え、思わぬところで評価されていたと風の噂で聞くことがあった。そのたびに、評価という営みが必ずしも一直線に進むものではないことを、あらためて思い知らされたものだ。「木蘭の涙」の歩みは、そうした遠回りの評価のされ方を、音楽という形で見せてくれているように感じる。忙しさの中で聴き流していた曲が、何年も経ってから不意に耳に戻ってきて、以前とはまったく違う響き方をする。そうした経験を、当時の私は何度もしていたはずなのに、目の前の仕事に追われるあまり、その意味を深く考える余裕を持てなかった。
磐田で確かめる速度
磐田に戻り、家や土地にまつわる相談を受ける仕事に携わるようになって、私はあらためてこの感覚と向き合うことになった。建てられた当時は評価されなかった間取りや土地の使い方が、家族構成やまちの変化を経て、思いがけない形で機能し始める場面に出会うことがある。逆に、当時は誰もが良いと思った選択が、年月を経て見直しを迫られることもある。土地や家は、その場に留まり続けるからこそ、時間の経過そのものを引き受ける存在なのだと感じる。「木蘭の涙〜acoustic〜」がCMという新しい器を得て、10年以上前の歌をもう一度世の中に差し出したように、私たちが暮らす家や土地もまた、同じ姿のままで、違う時代の光を浴び続けている。
相談を受ける中で、以前は誰も見向きもしなかった古い土地の使い方に、あらためて価値を見出す家族に出会うことがある。世代が変わり、暮らし方の前提が変わることで、同じ土地が違う意味を持ち始めるのだ。それは「木蘭の涙」が、時代や歌い手の年齢を経て違う響き方をするようになったこととよく似ている。曲そのものは変わっていないのに、聴く側の時間が変わることで、聴こえてくるものが変わっていく。土地や家に向き合う仕事をしていると、そうした変化を何度も目の当たりにする。誰かが手放そうとした土地に、別の誰かが新しい暮らしを見出す。そのとき私は決まって、この曲のことを思い出す。
家族と暮らす日々の中で、仕事の合間にこの曲を流すことがある。子どもが生まれ、親の年齢を重ね、暮らしの中心にあるものが少しずつ移り変わっていく中で、変わらずそこにある旋律を聴くと、不思議と背筋が伸びるような感覚になる。東京にいた頃の自分と、磐田で仕事をする今の自分とが、一本の線でつながっているような感覚になるのだ。急いで結論を出すことよりも、時間をかけて見えてくるものを信じる。そうした構えを、この曲はいつも静かに思い出させてくれる。10年という歳月は、何かを風化させるための時間ではなく、何かをふるいにかけ、本当に残るべきものだけを残していくための時間なのかもしれない。「木蘭の涙〜acoustic〜」を聴くたびに、私はそのことを、あらためて確かめている。