ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=CUxIykX4hfw
確認した動画: STUTS - 夜を使いはたして feat. PUNPEE (Official Music Video)

「夜を使いはたして」という言葉には、時間を無駄にしたという後悔ではなく、むしろ夜という時間を余すところなく味わい尽くしたという、静かな充実感が込められている。クラブで遊んで、朝方まで語り合って、気づけば空が白み始めている。そういう夜の終わりを、STUTSの繊細なトラックと、PUNPEEの言葉選びがすくい取っている。この曲が特別なのは、単に夜更かしの心地よさを歌っているのではなく、その夜明けを、ヒップホップというシーン自体の夜明けとも重ね合わせている点だ。個人的な体験を歌いながら、同時に、まだ誰も知らない次の時代の気配を歌う。この二重の構造が、発表から10年近く経った今も色褪せずに聴かれ続けている理由なのだと思う。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:STUTSのビートも十分に美しいが、この曲の核はやはりPUNPEEの歌詞にある。個人的な「夜遊びの朝帰り」の情景と、ヒップホップというシーンそのものが新しい時代を迎えることへの期待と不安を、同じ「夜明け」という一つの言葉に重ね合わせている[2]。私的な体験を歌いながら、同時に一つの文化の転換点を歌うという二重の視点は、聴くたびに新しい発見をもたらしてくれる強さがある。MVも物語として作り込まれているが、2036年という架空の未来設定はやや寓話寄りで、歌詞が持つ生々しい二重写しの鋭さには一歩譲ると感じたため、主視点は歌詞がいいに置いた。

大晦日のビートから、3年をかけて完成した1曲

「夜を使いはたして feat. PUNPEE」は、2016年4月20日に発表されたSTUTSの1stアルバム『Pushin'』に収録された楽曲である[3]。STUTSがこの曲のビートの原型を作ったのは、2013年の大晦日だったという[1][3]。「今年最後の一曲を作ろう」という思いつきから生まれたトラックは、そこからおよそ2年をかけて磨き上げられ、2016年2月頃、PUNPEEから歌詞が届いたことで完成に近づいていった[1]。実際にアルバムのマスタリングの前日という、ぎりぎりのタイミングで仕上がったというエピソードも伝えられている[1]。STUTSはこのビートについて、「ノスタルジックで温かみがあり、メロウでありながらキャッチーな質感」を意識したと語り、PUNPEEには「たそがれ時、夕暮れと明け方の切なさ」というイメージを伝えたという[1]。ビートを作った時点から、STUTSはこの曲にPUNPEEの声がふさわしいと感じていたとも伝えられている[1]。3年近い時間をかけて一つの曲が形になっていく過程そのものが、すでにこの曲のタイトルとどこか響き合っている。急いで仕上げなかったからこそ、聴く人の記憶に長く残る強度を持ったのではないか。

この曲がロングセラーになったことは、後年の出来事からも裏づけられる。2016年11月にはアナログ7インチシングルとしても発表され[6]、さらに2025年9月12日には、STUTSが動画配信企画「THE FIRST TAKE」に初登場し、PUNPEEを迎えてこの曲をバンドの生演奏で一発撮り披露している[4][5]。STUTSはその際、「本当にありがとうございます。この曲があっていろんな状況が変わりました。PUNPEEさんのことがずっと大好きだったので、初めてこの曲でご一緒させてもらえて本当に嬉しかったですし、まさかこの曲がこんなに長くいろんな方に聴いていただけるとは、ここまでとは思っていなかったです」とコメントしている[5]。発表から10年近い歳月を経てなお、作った本人が「ここまでとは思っていなかった」と語るほどの息の長さを持つ曲だということが、このコメントからよくわかる。

「夜明け」という言葉に重ねられた、二つの意味

この曲の歌詞に丸ごと触れることはしないが、そのかわりに、この曲が「夜明け」という言葉に何を重ねているかを考えてみたい。PUNPEEは、この歌詞について「ヒップホップというシーンが不遇の時代から夜明けを迎えようとしているけれど、本当にこのままでいいのだろうか、少し寂しい気持ちもある」という趣旨のことを語っている[3]。つまりこの曲は、クラブで遊んで朝方に帰路につくときの、あの独特な高揚と気だるさが入り混じった時間の描写でありながら、同時に、自分たちが育ってきたヒップホップという文化が、より多くの人の目に触れる場所へと変わっていく時代の節目そのものを描いてもいる。個人の一夜の記憶と、一つのシーンの転換点。本来まったく違うスケールの出来事を、「夜が明ける」という一つの現象に重ね合わせて歌う視点の鋭さこそが、この曲の歌詞を特別なものにしている。何かが終わっていく寂しさと、新しい何かが始まっていく高揚が、切り離せない形で同居している。喜びだけでも、寂しさだけでも成立しない感情の混ざり方は、実際に何かをやり切った経験のある人ほど、身に覚えのある感覚として響くのではないか。「夜を使いはたして」というタイトルが持つ充実感は、単なる遊び疲れの表現ではなく、大きな時代の変わり目に立ち会った者だけが持つ、ある種の緊張と解放の記録でもあるのだと思う。

2036年を描く、寓話としての公式MV

この曲の公式ミュージックビデオは、2016年12月27日に公開された[6]。監督はCreativeDrugStoreのHeiyuuと、BIM a.k.a. Yuto Takagi(THE OTOGIBANASHI'S)が務めている[6]。物語の舞台は2036年、つまり公開時点からさらに20年後の未来である。音楽活動を引退して20年が経った中年のPUNPEEが、若者たちと一夜を共に過ごすことで、徐々に当時の心情を取り戻していく様子がドラマ仕立てで描かれている[6]。歌詞が歌っていた「シーンの夜明け」というテーマを、MVは「その夜明けからさらに時間が経った未来」という形で引き受け直している構成が興味深い。歌詞の中で語られた期待と不安が、20年後にどうなったのかを一つの寓話として見せる。派手な演出で押し切るタイプの映像ではなく、じっくりとした心情の変化を追う作りになっており、曲の持つメロウな質感とも呼吸が合っている。ただし、2036年という架空の設定を挟んでいる分、歌詞が持っていた「自分自身の一夜とシーン全体の夜明けを同時に語る」という生々しい二重写しの鋭さと比べると、MVはやや寓話・フィクションとしての距離が生まれているようにも感じる。物語としての完成度は高く、STUTSとPUNPEEという二人の関係性を知った上で見るとより味わい深いが、主視点として選ぶには、歌詞が持つ普遍的な鋭さの方が一段上だというのが、聴き手としての率直な感想である。

参考リンク

夜を使い果たすように向き合った時間の先に、次の朝が来る。それは音楽だけでなく、暮らしの中の大きな決断にも似ています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。