鈴木聖美の「さよならできないKISSなんかしないで」は、タイトルからしてすでに一つの態度を宣言しています。曖昧な別れ方をしない、中途半端なキスで気持ちを誤魔化さない。そう言い切る強さが、この曲の芯にあります。鈴木聖美は東京・大田区出身で、弟には鈴木雅之がいます。1987年にRats&Starとの名義でメジャーデビューする以前から、ソロ名義でアルバム『聖歌』などに都会的な楽曲を残しており、この曲もその系譜にある一曲です。80年代の洗練されたサウンドに乗せて歌われるのは、感傷ではなく決断です。終わらせるべきものは、はっきり終わらせる。その潔さが、聴くたびに背筋を少し伸ばしてくれます。
若い頃はこの曲を、ただかっこいい別れの歌として聴いていました。けれど年齢を重ねてから聴き直すと、別れを引き延ばさないという選択には、相手への誠実さが含まれていることに気づきます。曖昧にしたまま関係を続けることは、優しさに見えて、実はどちらの時間も止めてしまう行為です。鈴木聖美の声は、その優しい怠慢を許さない強さを持っています。
都会的なソウルとAORが交差した時代の声
鈴木聖美という歌い手を語るとき、80年代の日本の音楽シーンに流れ込んでいたソウルミュージックとAORの影響を無視することはできません。当時の東京では、洋楽のグルーヴを日本語詞に落とし込む試みが各所で行われていて、鈴木聖美の歌声は、まさにその交差点に立っていました。ハスキーで芯のある声質は、可憐さを演じるのではなく、大人の女性としての等身大の感情を伝えるために使われています。「さよならできないKISSなんかしないで」というタイトルの言い切り方も、当時の歌謡曲的な湿り気とは一線を画す、乾いた都会性を感じさせます。
のちに鈴木雅之とのデュエット曲「もう涙はいらない」で兄妹揃って脚光を浴びることになりますが、その前段階でソロシンガーとして積み重ねてきた一曲一曲には、派手さよりも歌そのものの説得力で聴かせる姿勢が一貫しています。この曲もその一つで、大きなヒットチャートの中心にいた曲ではないかもしれませんが、聴く人の中に長く残る力を持っています。
東京の仕事終わり、決断を急かされた夜
東京で働いていた頃、取引先との関係や社内の異動の話など、はっきりさせなければならない場面が何度もありました。あるとき、長く付き合いのあった担当者との契約更新の話が、双方とも本音を言わないまま先延ばしになり続けたことがあります。会議のたびに結論を持ち越し、結局半年近く曖昧な状態が続きました。「さよならできないKISSなんかしないで」を当時の帰り道でよく聴いていたのは、その煮え切らなさへの苛立ちを、自分の中で処理するためだったのだと思います。
結局その契約は、こちらから明確に区切りを提案したことで、驚くほどあっさりと決着しました。曖昧にしていた時間の長さに比べて、決断そのものはほんの数分の会話で済んだのです。都会の生活は、関係を自然消滅させることに慣れさせます。連絡が減り、会う頻度が減り、いつの間にか終わっている。それは楽なようでいて、実はどちらの側にも小さな未消化の感情を残します。鈴木聖美の歌う強さは、その未消化を許さない厳しさであり、同時に相手への敬意でもあります。
磐田で、区切りをつける仕事
磐田に戻り、家や土地、相続に関わる相談を受けるようになってから、この曲の言葉がまた違う意味を持つようになりました。実家をどうするか、空き家をどう扱うか、家族の中で誰がどう関わるか。こうした話は、はっきりさせないまま何年も放置されることが少なくありません。以前担当したある相談では、兄弟間で誰も本音を言い出せないまま、実家の空き家が5年近く放置されていました。曖昧にしておくことは、一見誰も傷つけないように見えて、実際には問題を静かに大きくしていきます。
相談の現場で大切なのは、感情を無視して結論だけを急がせることではありません。ただ、いつまでも決めないことが、家族の誰かに負担を押し付け続けてしまう現実もあります。「さよならできないKISSなんかしないで」が歌うのは、恋愛の場面における潔さですが、その姿勢は家や土地の整理にもそのまま当てはまります。区切りをつけるべき時に、曖昧な優しさで先延ばしにしないこと。それが、結果的に関わる人全員を楽にします。
この曲を聴くと、自分がこれまで下してきた判断のいくつかを思い出します。曖昧なまま終わらせてしまったこと、逆にきちんと向き合って終わらせられたこと。どちらも今の仕事の姿勢につながっています。相談を受ける立場になった今、鈴木聖美が歌う潔さを、決断を急かす言葉としてではなく、逃げずに向き合うための背中を押す言葉として受け取っています。ATAWI MUSICにこの曲を置くのは、別れの歌であると同時に、人が物事に区切りをつける瞬間の美しさを思い出すためです。
ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、人の暮らし、仕事、家、土地、記憶をもう一度読み直す場所です。
