深夜、実家の片づけをしていると、古いカセットテープが出てくることがある。ラベルの文字はもう滲んでいて、誰の字か読み取れないものも多い。そのうちの一本に「友達でいいから」というタイトルが書かれているのを見つけたとき、大石浩之は手を止めた。1994年、テレビ朝日系ドラマ『南くんの恋人』の主題歌として街に流れていたこの曲を、当時の自分は恋の歌としてではなく、もっと漠然とした「大人になりきれない誰かの声」として聴いていた気がする。今、あらためて聴き直すと、この曲がいちばん強く語りかけてくるのは、メロディでも映像でもなく、言葉そのものだった。
1994年、ドラマ主題歌として届いた曲
「友達でいいから」は、高橋由美子の通算13枚目のシングルとして1994年1月21日にビクターエンタテインメントからリリースされた。作詞・作曲は、テレビ番組をきっかけに知り合ったMariとTakaによる音楽ユニット「TAMTAM」が手がけている。TAMTAMがデモテープを持ち込んだことがきっかけでビクターエンタテインメントのディレクターの目に留まり、高橋由美子へ提供されたという経緯が伝えられている。テレビ朝日系ドラマ『南くんの恋人』第2作の主題歌として起用され、オリコン週間チャートでは自身初となる10位を記録、売上約37.5万枚という、彼女のキャリアの中でも大きなヒット作となった。
当時の高橋由美子は、女優としてもドラマや映画に出演しながら、歌手としてもシングルをコンスタントに発表していた。アイドルという言葉で括られることが多かった時代だが、この曲が支持を集めた理由は、単なるアイドルソングの枠を超えて、恋愛の機微を丁寧にすくい取った歌詞にあったのではないかと思う。B面には秋元薫が作詞・作曲を手がけた「今度逢える時には」が収録されており、こちらも静かな余韻を持つ曲として知られている。
「友達でいいから」というタイトルの引力
この曲の魅力を語るうえで欠かせないのは、なんといってもタイトルの選び方である。「好きです」でも「愛してる」でもなく、「友達でいいから」という、一見すると恋愛から一歩身を引いたような言葉を掲げていること自体が、すでに感情の複雑さを物語っている。メロディラインは決して奇をてらったものではなく、90年代のJ-POPらしい素直な進行で構成されているが、その素直さがかえって歌詞の屈折を際立たせているように聴こえる。
サビに向かって声のトーンがわずかに強まっていく構成は、抑えていた気持ちが少しずつあふれていく様子と重なる。イントロからAメロにかけての抑制された歌い出しと、サビでの解放感の対比は、「友達でいい」と自分に言い聞かせながらも本音がにじみ出てしまう、そんな人の姿を音として体現しているようにも感じられる。曲そのものの完成度としては手堅くまとまっている一方、圧倒的に独自性の高いアレンジというよりは、歌が主役になるよう楽器の存在を控えめに保った作りだと感じた。
言えなかった言葉を、言葉のまま残す
この曲の歌詞について、丸ごと引用することは控えたい。ただ、「友達でいいから」という一節が繰り返されるたびに、そこには「本当はそれだけでは足りない」という気持ちが透けて見える。片想いというのは、相手にとっての自分の立ち位置を、自分で決めてしまわなければならない瞬間がある。「友達でいい」と口にすることは、諦めではなく、関係を切らさないための選択でもある。この曲の主人公は、失うことを恐れて、あえて一番安全な言葉を選び取っている。
大人になってからこの曲を聴き直すと、若い頃には気づかなかった切なさに気づく。10代の頃は「片想いの歌」として素直に受け止めていたものが、40代、50代になってから聴くと、「関係を続けるために、本音を飲み込む」という選択の重さそのものに焦点が移ってくる。それは恋愛に限った話ではなく、家族との関係、古い友人との距離感、あるいは仕事上の人間関係にも通じるテーマだと思う。「友達でいい」という言葉は、優しさでもあり、同時に小さな痛みでもある。そういう二重性を、この曲は静かに抱えている。
興味深いのは、この曲が一人称の告白として聴こえる瞬間と、誰かの背中を見つめる三人称の視点として聴こえる瞬間の両方を行き来するところだ。恋愛の歌にありがちな「私はこう思っている」という一方的な断定を避け、揺れ動く心情そのものをそのまま音に乗せている。だからこそ、聴く人それぞれの記憶によって、この曲の主人公の顔がすげ替わる。ある人にとっては学生時代の淡い恋愛の記憶であり、また別の人にとっては、大人になってからの職場や地域社会での距離の取り方の記憶かもしれない。「友達でいいから」という言葉の射程は、恋愛の枠を超えて広がっている。
ドラマ『南くんの恋人』というタイアップ先を思い返すと、この曲が単なる恋愛ソングとしてだけでなく、「普通ではない関係性の中で、それでも人を思い続けること」を描いた物語と重ね合わされていたことにも気づく。ドラマの内容とタイトルの言葉が響き合うことで、当時のリスナーは、恋愛における立場や距離というものについて、思いのほか深く考えさせられていたのではないだろうか。歌詞に登場する「友達」という一語は、決して軽い言葉ではない。本音を隠すための言葉であると同時に、相手との関係を守るための、精一杯の優しさでもある。
磐田で、言えなかった気持ちを思い出す
大石浩之がまだ東京で働いていた頃、職場に一人、密かに気になっていた同僚がいた。特別なことは何もなかった。仕事帰りに一緒に電車を待つ時間や、他愛のない雑談が続いていただけだ。それでも、もしその関係が変わってしまったら気まずくなるかもしれないという不安から、結局何も言わないまま、それぞれ別の道を歩むことになった。「友達でいいから」というタイトルを見るたびに、あの頃の自分が、口にする前から「友達でいい」を選んでいたことを思い出す。
今、磐田市で介護と不動産の仕事をしていると、似たような「言わなかったこと」に出会う場面がある。実家を整理しに来られたご家族が、亡くなった親の遺品の中から、若い頃の恋文や写真を見つけて手を止める瞬間があるからだ。「本当はこの人とどうなりたかったのか、もう聞けない」と静かに話される方もいる。空き家や実家の片づけは、単なる不動産の手続きではなく、その人が言わずに終えた気持ちに立ち会う仕事でもあるのだと、この曲を聴きながらあらためて思う。「友達でいいから」という選択をした先に、それぞれの人生が続いていく。その続きに、大石は今、介護や不動産という形でそっと関わらせてもらっている。
参考リンク
- [1] 友達でいいから - Wikipedia
- [2] 高橋 由美子 | ビクターエンタテインメント
- [3] 高橋 由美子「友達でいいから」ディスコグラフィ | ビクターエンタテインメント
- [4] 友達でいいから | 高橋由美子 | ORICON NEWS
- [5] 高橋由美子 公式YouTubeチャンネル
「友達でいいから」と言葉にした先にも、それぞれの人生は静かに続いていきます。
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