ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=allTezZ0sqQ
確認した動画: 高橋由美子 / Good Love (Music Video)。投稿チャンネルは「高橋由美子」名義で、30周年プロジェクトおよびビクターエンタテインメントの案内内容と整合しており、公式MVである可能性が高いと判断していますが、チャンネル概要欄における「公式」の明記そのものは確認できていません。そのため本記事のMV評価は、断定を避けた慎重な基準で行っています。

一度リリースされた曲が、何十年も経ってからもう一度、新しい映像をまとって現れることがあります。高橋由美子の「Good Love」は、1993年にドラマ主題歌としてヒットした曲でありながら、2020年、デビュー30周年を迎えたタイミングで、オーストラリアで撮影された新しいミュージックビデオとともに私たちの前に戻ってきました。私が最初にこの動画を見つけたのは、何気なく懐かしい曲をたどっていたときでした。タイトルに「Music Video」と添えられているのに気づき、まさか今さら新作のMVが存在するとは思わず、二度見した記憶があります。30年前の曲が、令和になってから新しい景色をまとって帰ってくる。そのことの意味を、この記事では少し丁寧に考えてみたいと思います。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★☆☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:「Good Love」はアイドル歌謡として快活にまとまった佳曲であり、ドラマ主題歌として十分な訴求力を持つが、メロディや構成そのものに時代を超える圧倒的な独自性があるとまでは言い切れず、曲がいいは★3とした。MVはオーストラリアロケという贅沢な条件を活かした開放的な映像で、30周年という節目にふさわしい仕上がりだが、投稿チャンネルの公式性を完全には確認しきれていないこと、また映像が曲の解釈を大きく塗り替えるほどの強い物語性までは持たないことから★3に留めた。一方で歌詞は、前向きな恋愛讃歌でありながら、30年という時間を経て聴くと「まだ探し続けている愛」という言葉の手触りが変わって聞こえてくる。当時と今とで意味の温度が変わる歌詞であることが、この曲を主視点として選ぶ理由になっている。

ドラマ初主演の主題歌として生まれた一曲

「Good Love」は、高橋由美子の通算10枚目のシングルとして、1993年2月24日にビクターエンタテインメントから発売されました[1][2]。作詞は柚木美祐、作曲は本島一弥、編曲は岩本正樹が手がけています[2]。この曲は、高橋由美子自身が初めて連続ドラマで主演を務めた、フジテレビ系『お願いダーリン!』の主題歌としてタイアップが組まれた作品でもあります[1][2]。オリコンチャートでの最高位は17位でしたが、累計セールスは19万枚を超え、最大のヒット曲となった「友達でいいから」に次ぐ、彼女のシングルの中でも2番目に売れた作品だったと伝えられています[2]。数字だけを見ると突出した大ヒットという印象は薄いかもしれません。しかし、俳優としての初主演作と足並みを揃えたタイアップソングとして、当時のファンの記憶に深く刻まれた一曲だったことは間違いないでしょう。

そして2020年、高橋由美子はデビュー30周年を迎え、自身が初めてセルフプロデュースを手がけたベストアルバム『最上級 GOOD SONGS [30th Anniversary Best Album]』を、同年10月28日にリリースしました[3][4]。このアルバムは、シングル曲を中心にファンからのリクエスト曲も収めた2枚組で、Disc1が「Fight Side」、Disc2が「Yell Side」と名付けられ、21年ぶりとなる新曲「風神雷神ガール」やデビュー曲「Step by Step」のセルフリメイクも収録された、力の入った企画だったといいます[3][4]。「Good Love」のミュージックビデオがオーストラリアで撮影され、2020年11月24日前後に公開されたのは、まさにこの30周年プロジェクトの流れの中でのことだったと見られます[5]。1993年当時の曲に、2020年という時間軸で新しい映像が与えられる。これは単なる懐古企画ではなく、30年という長い活動を経てなお、この曲を「今のもの」として差し出し直そうとする試みだったのではないかと、私は感じています。

快活さの奥にある、まっすぐな明るさ

「Good Love」を音として聴くと、90年代前半のアイドル歌謡らしい、快活でまっすぐなポップスであることがわかります。イントロから隠し立てのないメロディが立ち上がり、サビに向けて素直に開けていく構成は、聴く人を余計に迷わせません。ドラマ主題歌として求められる役割、つまり「毎週この曲が流れることで視聴者の気分を上げる」という機能を、過不足なく果たす作りになっています。本島一弥の作曲によるメロディラインは跳躍が大きすぎず、歌いやすさを保ちながらも、サビの入り口でわずかに音を持ち上げることで開放感を演出しています。岩本正樹の編曲は、当時の歌謡ポップスらしい厚みのあるアレンジでありながら、ボーカルを埋もれさせない距離感を保っており、高橋由美子の声の透明感がきちんと前に出てくる仕上がりです。ただ、この曲の魅力は「何度聴いても新しい発見がある」という類のものではなく、最初の一聴で完結する快活さにあります。だからこそ、曲そのものの評価としては、圧倒的な個性というより、時代の空気を丁寧にすくい取った佳曲、という位置づけが正確だと思います。聴くたびに元気になれる曲ですが、聴くたびに違う顔を見せてくれる曲ではない。その率直さこそが、この曲の持ち味であり、同時に評価の天井でもあるように感じます。

「まだ探している」という言葉が、30年後に変わる意味

歌詞をそのまま書き写すことはしませんが、「Good Love」というタイトルが指している方向について考えてみたいと思います。この曲は、理想の恋愛や、まだ見ぬ本物の愛を追い求める気持ちを、明るく前向きな言葉で綴った歌だと受け取れます。10代から20代の入り口に立つ女性の視点で、恋に恋するような高揚感と、それでも本物を見極めたいという意志が同居しているのが印象的です。ここで面白いのは、1993年当時にこの歌詞を聴いていたリスナーと、30年近い時間を経て2020年のMVとともにこの曲に触れ直したリスナーとでは、同じ言葉がまったく違う響き方をするだろう、という点です。10代の頃は「まだ見ぬ理想の愛」という言葉が、これから始まる何かへの期待として響いたはずです。しかし30年後、それぞれが結婚し、家族を持ち、あるいは一人で人生を歩んできた大人になってから同じ言葉を聴くと、「良い愛は、探し続けるものであって、一度手に入れたら終わりというものではないのかもしれない」という、もう少し複雑な手触りに変わって聞こえてきます。歌詞そのものは決して難解ではありません。むしろ、若さゆえのまっすぐさで書かれています。けれどその率直さが、30年という時間をくぐることで、聴く人の人生経験を映す鏡のように機能し始める。これは、歌詞を作った当時の作家自身も意図していなかった変化かもしれませんが、だからこそ「歌詞がいい」という評価に値すると、私は思います。

オーストラリアの光と、MVに込められた再出発の気配

2020年に公開されたミュージックビデオは、オーストラリアでロケーションが行われたと伝えられています[5]。日本の冬とは正反対の、乾いた明るい光の中で撮影された映像は、1993年のオリジナル曲が持っていた快活さと、意外なほど自然に響き合っています。遠く離れた土地の広い空の下に立つ姿は、単なる懐メロの再演ではなく、「ここからもう一度歩き出す」という宣言のようにも見えてきます。高橋由美子は、アイドルとしての活動期を経て、その後は俳優業を中心に据えつつ、芸能活動のペースを緩やかに保ってきた時期があったと見られており、30周年のタイミングで自身が初めてプロデュースを手がけるという形で、あらためて歌手活動に光を当て直したという経緯があります[3][4]。遠い異国の光の中で過去の代表曲を撮り直すという選択には、そうした「静かな再出発」の気配がにじんでいるように感じられます。ただし、映像表現そのものの評価としては、開放的で気持ちの良い画作りではあるものの、曲の解釈を大きく揺さぶるほどの強い物語性や、驚くような演出があるわけではありません。晴れやかな旅の記録、という以上の情報を映像から読み取るのは難しく、その意味でMVの評価は「曲を優しく補強する」水準に留まると考えています。

実家の片づけと、遠くから帰ってくる愛おしさ

私はこの曲を聴きながら、東京で働いていた頃と、今、磐田で介護と不動産の仕事をしている自分とを、ふと重ねてしまいます。実家じまいや空き家の相談を受けていると、何十年も前のCDやビデオテープが、押し入れの奥から出てくることがよくあります。持ち主にとってはとうに忘れていたはずの一枚が、ふと再生されると、驚くほど鮮明に当時の記憶がよみがえる。「Good Love」が30年の時を経てオーストラリアの光の中で新しい姿を得たように、古い持ち物にも、思いがけないタイミングでもう一度光が当たる瞬間があります。片づけというのは、多くの場合「手放すこと」だと思われがちですが、実際にその現場に立ち会っていると、手放す前にもう一度、その物と静かに向き合う時間そのものに意味があるのだと感じます。遠く離れたオーストラリアで撮り直された映像が、1993年の曲をまったく否定せず、それでいて新しい呼吸を与えていたように、実家の整理も、過去を消し去るのではなく、次の時間へ渡していく作業なのだと、この曲を聴くたびに思い出します。良い愛を探し続けるというこの曲のテーマは、恋愛だけでなく、暮らしてきた場所や、残された物との向き合い方にも、そのまま重なるところがあるように思うのです。

参考リンク

遠く離れた土地で撮り直された一曲があるように、長く空いていた実家にも、もう一度向き合う時間が必要になることがあります。

静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。