「天使のため息」というタイトルを最初に見たとき、天使という無垢な存在がため息をつくという取り合わせに、少し違和感を覚えた記憶があります。天使は本来、悲しみの外側にいる存在のはずです。それでもため息をつくのだとしたら、それは天使にすら見過ごせないほど、人の別れというものが重たいものだからではないか。そう考えるようになったのは、この曲がHMVのレビューで「少し重めの別れの歌」と評されていたと知ってからのことです[1]。恋愛の終わりを歌う曲は数え切れないほどありますが、この曲がどこか特別に響くのは、別れそのものよりも、別れたあとに残り続ける記憶の重さを歌っているように聴こえるからだと思います。人は誰かと別れても、その人との記憶ごと縁を切れるわけではありません。忘れようとするほど輪郭がはっきりしてしまう記憶を、それでも抱えたまま日々を送っていく。そういう不器用な律儀さに、この曲はそっと寄り添っているように感じます。竹内まりやが作詞・作曲を手がけ、夫である山下達郎が編曲を担当したこの曲は、1999年という年に、東野圭吾の原作を映画化した作品の主題歌として書き下ろされました[1]。物語の外にあるはずの曲が、なぜここまで物語と地続きに聴こえるのか。その理由を、事実と記憶の両方からたどってみたいと思います。
東野圭吾『秘密』と、書き下ろされた一曲
「天使のため息 c/w ソウルメイトを探して」は、竹内まりやの28枚目のシングルとして、1999年9月22日にムーン・レコードからリリースされました[1]。表題曲「天使のため息」は、東野圭吾の同名小説を原作とする東宝映画『秘密』の主題歌として書き下ろされたもので、映画は広末涼子が主演を務め、シングル発売のわずか3日後に公開されています[1]。カップリングの「ソウルメイトを探して」は、1999年の三菱「DINGO」のCMソングとして書かれた楽曲で、こちらは明るいポップな曲調を持ち、山下達郎の編曲の手腕はしばしば「タツロー・マジック」とも称されると伝えられています[1]。一枚のシングルの中に、重い別れの歌と軽やかなポップソングが同居している構成そのものが、この時期の竹内まりやの音楽性の幅を示しているように思います。オリコンの週間シングルチャートでは最高6位を記録し、累計売上は15.2万枚に達したとされています[1]。爆発的な大ヒットというよりは、着実に受け止められた一曲だったという印象を、この数字からは受けます。
原作となった東野圭吾の小説『秘密』は、事故で妻を失った男が、妻の魂が幼い娘の体に宿ったまま生き続けるという、切なさと戸惑いに満ちた物語です。亡くなった人の存在が、形を変えてなお日常の中に残り続ける。その構造は、この主題歌のタイトルにある「ため息」という言葉の質感とよく響き合っているように思えます。映画そのものの筋書きに歌詞をなぞらせるのではなく、物語が抱えている「消えないもの」という主題を、竹内まりやは自身の言葉で静かに翻訳し直したのではないか。そう想像すると、タイアップ曲という枠組みの中にありながら、この曲が独立した強度を持っている理由が見えてくる気がします。書き下ろしという仕事は、原作の情緒を汲み取りながらも、それをなぞるだけでは成立しません。原作の重さを受け止めた上で、まったく別の角度から同じ場所にたどり着く。「天使のため息」からは、そういう慎重な仕事の跡が聴こえてくるように思います。
重めの別れの歌が持つ、静かな強度
音楽的な作りとして耳に残るのは、テンポを急がせない、ミディアムバラードとしての落ち着きです。山下達郎の編曲は、派手な転調や過剰なストリングスで感情を煽るのではなく、むしろ余白を残したまま曲を運んでいくように聴こえます。ボーカルの一音一音の間に、微妙な溜めが置かれているような感覚があり、それが「ため息」という言葉の持つ呼吸そのものを音として表しているように感じられます。竹内まりやの歌声は、感情を大きく振り切るのではなく、むしろ抑えることで悲しみの重さを伝えるタイプの歌い方だと思いますが、この曲ではその抑制がいっそう際立って聴こえます。声を張り上げるほうが簡単なはずの場面で、あえて静かに歌うことを選んでいるように感じられるのです。
サビに向かう手前で、旋律がわずかに息を継ぐように間を置く箇所があるように聴こえます。そこで一拍、感情を溜めてから解き放つのではなく、むしろ力を抜いて次のフレーズへ受け渡していくような運び方は、悲しみを声高に主張するのではなく、静かに受け流すことを選んだ人の呼吸に近いように感じられます。ストリングスやコーラスの重なりも、曲の輪郭を太くするというより、歌声の周りにそっと余白を作るように配置されているように聴こえ、結果として声そのものの震えや揺らぎがより克明に伝わってくる編曲になっているのではないかと思います。
「少し重めの別れの歌」という評は、決して大げさな悲劇を歌っているという意味ではなく、感傷に流れきらない一線を保ちながら、それでも確かな重さを湛えているという意味だったのではないかと思います[1]。別れの歌には、泣かせることに主眼を置いた曲と、別れたあとの時間そのものを丁寧に描こうとする曲の二種類があるように思います。この曲は明らかに後者で、失恋の瞬間よりも、その後に続いていく日常の手触りのほうに焦点が当たっているように聴こえます。だからこそ、映画の中の特殊な設定を離れても、ごく普通の別れを経験した誰にとっても、自分の記憶に重ねて聴ける曲になっているのだと思います。カップリングの「ソウルメイトを探して」が持つ明るいポップさと並べて聴くと、この対比そのものが、一人の作り手の中に同居する複数の感情の層を映し出しているようにも感じられます。
東京で覚えた、消せない記憶の重さ
東京で働いていた頃、仕事の関係で親しくしていた人たちと、異動や転職のたびに縁が切れていくことがよくありました。連絡先は残っていても、次第に言葉を交わす理由がなくなっていく。そういう緩やかな別れを何度も経験する中で、記憶というものが思いのほか頑固に居座り続けることに気づかされた覚えがあります。会わなくなった人のことは忘れられるはずだと、若い頃は単純に考えていました。しかし実際には、ふとした瞬間に、あの人の言葉づかいや、一緒に過ごした場所の匂いのようなものが、何の前触れもなく蘇ってくることがあります。忘れようとする意志と、記憶が勝手に居座り続ける力とは、まったく別のところで働いているのだと思い知らされました。
「天使のため息」を聴くと、そういう記憶の律儀さを、あらためて思い出します。別れたはずの相手のことを、もう気にしていないつもりでいても、ある日突然、何でもない拍子に胸が締めつけられる瞬間がある。それは未練とは少し違う、記憶そのものが持つ独立した重さのようなものだと感じます。東京での日々には、そうやって静かに積み重なっていった、まだ整理のつかない記憶がいくつも残っています。あの頃は忙しさに紛れて向き合わずに済んでいたものが、時間が経ってからようやく、自分の中で輪郭を持つようになった。この曲のミディアムテンポの落ち着きは、そういう記憶にゆっくり向き合うための時間を、聴く側に与えてくれるように思います。
当時の職場を離れる決断をしたときも、似たような感覚がありました。辞めると決めた瞬間には、もう振り返らないつもりでいたはずなのに、実際に東京を離れてからのほうが、あの街で過ごした時間のことを頻繁に思い出すようになった気がします。人は、その場所にいる間よりも、そこを離れてからのほうが、その場所の輪郭をはっきりと感じ取れるようになるものなのかもしれません。「天使のため息」の旋律がゆっくりと沈んでいくように進んでいくのを聴いていると、別れというのは一つの出来事ではなく、時間をかけて少しずつ完了していく過程なのだと思わされます。別れた瞬間に何かが終わるのではなく、そこから記憶が自分の中でどういう場所に収まるかが定まるまで、案外長い時間がかかるものなのだと思います。
磐田で、消えない記憶と暮らすということ
磐田に戻り、家や土地、相続の相談を受ける仕事をするようになってから、記憶というものの重さを、以前よりずっと具体的な形で意識するようになりました。相談に来られる方々の多くは、亡くなった家族が暮らしていた家をどうするかという問題を抱えています。建物としての家は、いずれ手放すか、取り壊すか、何らかの形で処分の判断をしなければなりません。しかし、その家に染みついた記憶までは、簡単に処分できるものではありません。台所に立っていた人の後ろ姿や、縁側で交わした何気ない会話。そういうものは、登記簿の上には一切残らないまま、家族の中にだけ律儀に残り続けます。
ある相談で、長年連れ添った配偶者を亡くされた方が、家の売却を決めたあとも、なかなか荷物の整理に手をつけられずにいるのを見たことがあります。合理的に考えれば、早く整理したほうが良いことは本人も分かっている。それでも体が動かない。話を伺ううちに、それは怠慢でも未練でもなく、まだ記憶と別れる準備ができていないだけなのだと感じるようになりました。「天使のため息」が描いているのも、おそらく同じ種類の時間なのだと思います。別れという出来事そのものはとうに終わっていても、記憶が消えるまでには、もっと長い時間がかかる。天使がため息をつくとしたら、それは人間のそういう不器用な律儀さを、少し困ったように、けれど確かな優しさをもって見守っているからなのかもしれません。
家族についても、同じことを思います。子どもたちが大きくなり、いずれ自分もこの家から離れていく日が来るのだろうと考えることがあります。そのとき、この土地や家に残していく記憶を、どう受け止めてもらえるだろうか。すべてを言葉で伝えきることはできないとしても、暮らしの中に積み重ねてきた時間そのものが、いつか誰かの記憶の中でため息のように、ふと蘇る瞬間があればいいと思っています。「天使のため息」という一曲が、映画の物語を離れてもなお多くの人の記憶に触れ続けているように、家族と過ごした磐田でのこの時間もまた、形を変えながら誰かの中に残り続けてくれればと願っています。
相続の相談を受けるたびに感じるのは、人が本当に受け継ぐのは名義や登記そのものではなく、その土地で誰かが暮らしていたという記憶なのだということです。書類の手続きが終われば、法的な意味での相続は完了します。しかし記憶の相続には、終わりというものがありません。写真の整理をしていて、思いがけない場所から古い手紙が出てきたという話を聞くこともあります。そのたびに、故人の記憶は、遺した本人が意図しなかった形でも、静かに残り続けるものなのだと考えさせられます。別れは、記憶を消すための出来事ではありません。むしろ、その人がいたという事実を、記憶という形に変えて手渡していく作業なのだと、この曲を聴くたびに考えています。