9月に入っても、しばらくは夏の続きのような日が磐田でも東京でも続く。空気の質感だけが少しずつ変わっていって、ある朝ふと、ああ季節が動いたのだと気づく。そういう移り変わりの感触を、音にした曲がある。竹内まりやの「September」を初めて聴いたのは、東京で働いていた20代の頃だった。当時はまだ、この曲が彼女にとってデビューから1年ほどしか経っていない時期の作品だとは知らなかった。後になって、1978年8月にデビューしたばかりの新人が、翌年のこの曲でレコード大賞の新人賞を受け取ったのだと知ったとき、なるほどと思った。曲の完成度と、作り手の経歴の若さとのあいだにある落差が、そのまま曲の説得力になっている。当時の自分は、まだ会社勤めの中で自分の仕事のかたちを模索している最中で、周囲には経験を積んでようやく一人前になっていく人が多かった。だからこそ、デビューして間もない歌い手がここまで完成された1曲を残せるということが、単純に不思議で、同時にどこか眩しく映った。今回は本人公式チャンネルに残る2000年の日本武道館ライブ映像を起点に、この曲がどのように作られ、どう評価され、なぜ今も色褪せずに残っているのかを、自分の記憶と重ねながら書いておきたい。磐田に戻り、家や土地の仕事を続けている今も、9月という月が来るたびに、この曲のことをふと思い出す。仕事で全国各地を歩き回っていた時期も、地元に戻って腰を据えて働くようになった今も、季節の変わり目に流れるこの曲だけは、聴こえ方があまり変わらない。それはきっと、曲そのものが持つ骨格の確かさゆえだろう。デビューして間もない歌い手が、これほど揺るぎない1曲を残せた背景には何があったのか。その問いを抱えたまま、あらためて事実を確認し直しておきたいと思った。派手な逸話に頼らず、当時の制作の経緯やチャートの数字、そして楽曲そのものの構造を丁寧にたどることで、この曲がなぜ今も色褪せないのかが、少しずつ見えてくる気がしている。
デビュー翌年、3rdシングルでつかんだ評価
「SEPTEMBER」は1979年8月21日、竹内まりやの3rdシングルとしてRCA(現・ソニー・ミュージックレーベルズ)からリリースされた。作詞は松本隆、作曲・編曲は林哲司という組み合わせで、オリコンチャートでは発売後じわじわと伸び、TOP100圏内に半年近くとどまるロングセラーとなった。累計セールスは10万枚を超えたと伝えられている(出典:Wikipedia「SEPTEMBER (竹内まりやの曲)」)。派手な初動というより、じわじわと支持を広げていった曲だったようだ。この曲がきっかけとなり、竹内まりやは1979年12月31日の第21回日本レコード大賞で新人賞を受賞した。デビューアルバム『BEGINNING』から数えてもわずか1年余り、シングルとしては3枚目という時点でのことだ。デビュー作から順を追ってヒットを重ねてきたわけではなく、3枚目にしてようやく世に広く知られる形になったという経緯を思うと、この賞はまさに「September」という1曲の力で手にしたものだったと言える。のちに1980年3月発売の3rdアルバム『LOVE SONGS』にも収録され、同アルバムは彼女にとって初めてアルバムチャート1位を獲得した作品になったという(出典:同Wikipedia項目)。デビューしたばかりの新人が、ここまで短い期間で結果を出したという経緯そのものが、この曲の価値をよく物語っているように思う。当時の音楽シーンは新人が数多くデビューしていた時期でもあり、その中で新人賞という評価をつかみ取ったことの重みは、今あらためて振り返ると小さくない。
16ビートの軽やかさと、緻密に組まれたメロディー
武道館のライブ映像で聴き直すと、イントロのツインギターの弾けるような音の重なりと、小気味よいドラムとベースの絡みが、まず耳を引く。16ビートでテンポは思いのほか速く、それでいてメロディーラインは終始メジャーキーを貫いていて、湿っぽさがまるでない。曲の構成もA-A′-B-B′というシンメトリーな形を取りながら、サビ前にCメロを挟み込み、そこで半音上がる仕掛けが仕込まれていると評されている(参考:otonanoweb「A-Side① 竹内まりや『SEPTEMBER』」)。爽やかな明るさの奥に、実はかなり計算された構造が隠れている、というのが自分の聴こえ方だ。コーラスのクレジットはEPOとなっているが、これは翌1980年の彼女のデビューを見据えた社内的な布石だったとも言われ、実際の男声パートはプロデューサーの宮田茂樹が担っていたという逸話も残っている(参考:同記事)。表面の爽快さだけでは終わらない、作り込みの多層性が、この曲を単なる季節ソングの枠を超えたものにしている。松本隆の詞は、夏の終わりの気だるさと、次の季節への予感とを、過度に感傷的にならない筆致で描いていると聴こえる。歌詞の言葉を細かく取り出すことはしないが、季節の変わり目という誰もが体験する感覚を、驚くほど自然な言葉運びで掬い取っているように感じられる。ポップスとしての聴きやすさと、細部まで計算された構成美が同居している点が、この曲が40年以上経った今も古びずに聴ける理由の一つではないかと思う。
作り手たちが揃ったタイミング
「September」の完成度の高さを語るとき、竹内まりや本人の資質だけでなく、当時この曲に関わった作り手たちの布陣にも目を向けたくなる。作詞の松本隆は、はっぴいえんど以来、日本語のポップスの詞に新しい風を吹き込んできた書き手であり、作曲・編曲の林哲司も、その後長きにわたって数々のヒット曲を手がけていくことになる作曲家だった。デビュー間もない新人歌手に、この時点でこれほどの布陣が揃っていたこと自体、当時のレコード会社がこの新人にどれだけの期待をかけていたかを物語っているように思える。加えて、プロデューサーの宮田茂樹が、翌年デビューを控えていたEPOを男女混声コーラスの現場に関わらせ、クレジット上は彼女の名を立てながら実際の男声パートを自ら歌うという、いわば布石を打つような制作の裏側があったことも興味深い。ひとつの楽曲の背後に、複数の才能や思惑が重なり合っていたという事実は、この曲がただの偶然のヒットではなく、周到に組み立てられた仕事の産物だったことを教えてくれる。デビュー間もない新人が、こうした布陣の中心に立ち、自分の歌声でその期待に応えてみせたという構図そのものが、竹内まりやという歌い手の器の大きさを、早い段階から示していたのではないかと思う。
早熟という才能のかたち
東京で働いていた頃、キャリアの初期から迷いなく仕事の芯をつかんでいる人に出会うことが何度かあった。経験を積んで少しずつ形になっていく仕事もあれば、最初から完成形に近いものを提示できる人もいる。「September」がデビュー翌年、まだ新人と呼ばれる時期に新人賞という評価を受けたという事実は、竹内まりやが後者のタイプだったことを裏付けている。歌詞を細かく引く必要はないと思うが、季節の移ろいを、感傷に流れすぎない距離感で描く筆致には、若さゆえの荒さよりも、すでに一定の視点の確かさが感じられる。松本隆の詞と林哲司の曲、そして当時21歳だった竹内まりやの歌唱が組み合わさったとき、そこに生まれたのは新人らしい初々しさではなく、完成された1枚の絵のようなものだったのではないか。そう思わせる力が、この曲にはある。仕事の世界でも、経験の年数がそのまま実力に比例するわけではないと感じることがある。若いうちから物事の本質をつかみ、迷いなく形にできる人は確かに存在する。竹内まりやのキャリア初期の歩みは、そうした早熟な才能というものが、決して偶然の産物ではなく、確かな技術と感性の裏付けを伴っていたことを、今振り返っても静かに証明しているように思える。振り返れば、自分自身も20代の頃には、経験の浅さを言い訳にしてしまう場面が何度もあった。だからこそ、経験の乏しさをまったく感じさせずに結果を残した「September」というひとつの作品の存在は、今でも背筋を伸ばされるような思いにさせてくれる。
磐田の土地と、早い季節の変わり目
磐田で家や土地の相談を受ける仕事をしていると、若い世代の方が、経験の浅さを感じさせないほど落ち着いた判断を下す場面に出くわすことがある。実家をどうするか、土地をどう手放すか、家族の中で誰がどう決断するか。年齢や経験の長さだけでは測れない確かさというものが、確かに存在する。「September」が体現している、デビュー間もない時期の完成度の高さは、そういう早熟な判断力への敬意を、あらためて思い出させてくれる。9月という月は、磐田でもまだ暑さの名残があるが、朝晩の風の匂いだけは静かに変わり始める。田んぼの稲穂の色が少しずつ変わっていく様子や、夕方の日の傾き方が微妙に早まっていく感覚は、この土地で暮らしてきた者にしかわからない細やかな変化かもしれない。その微妙な変化を捉える感度こそが、この曲がキャリアの最初期に生まれながら色褪せない理由なのかもしれない。家族と暮らす日々の中で、季節の変わり目にふとこの曲を思い出すとき、自分はいつも、才能が早く花開くということの意味を考えている。デビューしてからさほど時間が経っていない時期に、これほどまでに完成された1曲を残せた背景には、本人の資質だけでなく、松本隆や林哲司といった作り手との出会い、そして周囲の環境が整っていたことも大きいのだろう。早い時期に確かな評価を得るということは、その後の長いキャリアを支える土台にもなる。竹内まりやがその後も長く第一線で活動を続けていることを思うと、「September」で掴んだ新人賞は、単なる通過点ではなく、その後の歩みの確かな出発点だったのだと、あらためて感じている。
仕事柄、土地や家の相続にまつわる相談を受けていると、ひとつの決断が、その後何十年もの家族の歩みを左右することを実感する場面が多い。若い世代の方が下す判断の中には、経験の浅さゆえの迷いよりも、むしろ経験がまだ少ないからこそ持てる、しがらみのない視点の確かさが見えることがある。「September」がデビューして間もない時期に、迷いのない完成度で世に出されたことも、それと似た構図なのかもしれない。経験の長さが必ずしも仕事の質を決めるわけではなく、限られた時間の中でも、持てる力を出し切って結果を残すことができる。磐田の田畑や住宅地を歩きながら、季節の移り変わりを肌で感じるたびに、この曲が描いた9月の空気と、自分がこの土地で積み重ねてきた仕事の時間とが、静かに重なって聴こえてくる。デビュー間もない才能がつかんだ新人賞という評価は、遠い昔の出来事ではなく、今もこの土地で仕事を続ける自分にとって、確かな道しるべのひとつであり続けている。
参考リンク:
SEPTEMBER (竹内まりやの曲) - Wikipedia
竹内まりや - Wikipedia
A-Side① 竹内まりや「SEPTEMBER」|林哲司を代表する名曲レビュー|otonano
LOVE SONGS (竹内まりやのアルバム) - Wikipedia