もうボーカルがいなくなるなんて。映画は本当によかったです。この二つの感覚は、順番が逆のようでいて、たぶんこれでいいのだと思う。The Birthdayのボーカル、チバユウスケさんは2023年11月26日、家族に見守られながら55歳で息を引き取った。所属レーベルの発表によれば、食道がんの療養に入ったのが同年4月で、公表からわずか7か月ほどでの逝去だった。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの頃から数えれば、四半世紀以上にわたって日本のロックシーンの真ん中で歌い続けてきた声だ。その声がもう新しく増えることはない、という事実は、何度確かめても軽くならない。それでも「LOVE ROCKETS」を聴き直すたび、映画『THE FIRST SLAM DUNK』のオープニングでこの曲が流れた瞬間のことを思い出す。2022年12月3日、映画公開と同日に配信とMVが解禁されたこの曲は、原作者・井上雄彦氏がTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT時代からチバさんの声を愛聴していたことがきっかけで実現したタイアップだったという。仕事というのはこういう形でも残るのか、と磐田で日々の仕事をしながら思うことがある。人が去ったあとに残るのは、その人自身ではなく、その人がかつて誰かのために積み上げた仕事の手触りなのかもしれない。2023年の紅白歌合戦では、10-FEETのTAKUMAさんが「チバユウスケ」「The Birthday」と叫びながら、映画つながりのステージでこの曲の一節を歌う場面があった。あれは追悼というより、まだこの曲が生きている証拠のように見えた。ひとつの記事を書くだけの時間の中で、この曲についての事実を確かめ直し、そのたびに同じところで立ち止まってしまう。訃報の重さと、仕事の確かさと、その両方を同時に受け止めながら、今日はこの曲のことを書いておきたい。
映画『THE FIRST SLAM DUNK』とロックンロールの出会い
「LOVE ROCKETS」は、The Birthdayが2022年に発表した楽曲で、同年12月3日公開の映画『THE FIRST SLAM DUNK』のオープニング主題歌として起用された。楽曲は同年12月7日リリースのEP『月夜の残響 ep.』に収録されている。バスケットボール漫画の金字塔を原作者みずからがアニメーション化するという、ファンにとって特別な作品の開幕を、なぜバンドサウンドのロックが飾ったのか。報じられている経緯をたどると、井上雄彦氏自身がチバユウスケさんの声を長く愛聴してきたことが起用の背景にあったとされている。漫画とロックという、一見遠いふたつの表現が、ひとりの創作者の個人的な愛聴曲というかたちでつながっていたわけだ。タイアップというビジネスの言葉の裏に、こんなに私的な理由が隠れていることがあるのだと知ると、この曲の聴こえ方も少し変わってくる。誰かの仕事を選ぶという行為の奥には、たいてい個人的な思い入れが隠れている。会社の看板を背負った決定であっても、最後にひとりの人間の記憶や好みが動かしているということを、この経緯は思い出させてくれる。映画館で新しい観客が次々にこの曲を耳にしていくとき、その入り口には、原作者ひとりの長年の愛聴という、とても個人的な扉があったのだと思うと、タイアップという仕組みそのものの見え方が少し変わってくる。仕事を依頼する側にも依頼される側にも、その奥には必ず固有の名前を持った人間がいる。磐田で不動産の仕事をしていても、契約書の向こうにあるのは、いつも誰か特定の人の暮らしであり、記憶であり、思い入れだ。大きな作品のオープニングを飾るという、一見すると業界の力学だけで決まりそうな選択の裏に、ひとりの創作者の個人的な愛が働いていたという事実は、仕事というものの本質を改めて教えてくれる気がする。
剥き出しのまま加速していくロック
音楽的な印象として、この曲はマイナーキーを基調にした、大きな転調を挟まない構成に聴こえる。派手な仕掛けを重ねるのではなく、ギターとリズム隊が淡々と刻む8ビート寄りの土台の上で、ボーカルのメロディだけがまっすぐ前に出てくるような設計に感じられる。中盤から終盤にかけて音数が少しずつ増え、体温が上がっていくように聴こえる展開は、映画の開幕、これから始まる物語への高揚感とも重なっているように思う。派手なアレンジで押し切るのではなく、バンドの生の音の質感で押し切る潔さが、チバユウスケさんというボーカリストの持ち味とよく合っている、と個人的には聴こえる。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの時代から一貫していた、飾らないロックンロールへの信頼が、この一曲にそのまま流れ込んでいるようだ。正確なチャート順位までは確認できなかったが、映画公開と同時に大きな話題を呼び、多くのリスナーの記憶に残る楽曲になったことは、その後の紅白での扱われ方からも窺える。低く唸るようなベースの上を、粒立ちのはっきりしたギターの音が滑っていく感触は、聴くたびに背筋が少し伸びるような緊張感を連れてくる。装飾を削ぎ落として、必要な音だけで走り抜けるような潔さこそが、この曲がいまも多くの人の記憶に残り続けている理由のひとつなのだと、聴くたびに思う。歌声そのものについても触れておきたい。掠れながらも芯の通ったチバユウスケさんの声は、丁寧に整えられた歌唱とは対照的に、生々しい体温をそのまま音に閉じ込めているように聴こえる。技巧をひけらかすのではなく、その場で本当に感じていることをそのまま声に乗せているような歌い方は、聴く側の胸の奥を直接揺さぶってくる。映画のオープニングという、多くの観客がまだ物語に入り込む前の緊張した時間に、この飾らない声が流れることの意味は大きかったのだと、いま振り返ると強く感じる。
失われてなお残り続ける仕事の重み
東京で働いていた頃、大切な人を失ってもなお、その人が残した仕事が周囲を支え続ける場面を何度も見てきた。プロジェクトの途中で抜けた人の仕事が、残されたチームの中でずっと生き続けているような感覚だ。チバユウスケさんが遺したのは一曲の主題歌だけではないのだろうけれど、少なくとも「LOVE ROCKETS」という仕事は、映画とともに、これからも新しい観客の耳に届き続ける。もうボーカルがいなくなるなんて、という喪失感と、映画は本当によかったです、という感謝が同居するこの感想は、そういう、失われてなお残り続けるものの重みを、自分なりの言葉で言い当てようとした結果なのだと思う。仕事というのは、本人がいなくなったあとにこそ、その輪郭がはっきり見えてくるものなのかもしれない。人が亡くなったというニュースを受け取ったとき、私たちはまずその不在の大きさに打ちのめされる。けれどしばらく時間が経ってから、その人が確かに残していったものの輪郭が、少しずつはっきりと見えてくることがある。「LOVE ROCKETS」という曲も、映画の中で果たした役割も、チバユウスケさんという人がこの世からいなくなったいまだからこそ、かえってくっきりと浮かび上がってくるように感じる。訃報が届いた直後は、多くの人が驚きと悲しみに言葉を失ったのだろう。活動休止の発表からわずか7か月ほどという短さは、事前に心の準備をする余地をほとんど残さなかった。それでも、その短い時間のあいだにも、闘病を続けながら家族に見守られて過ごした日々があったということを思うと、悲しみの中にわずかな安らぎも見える気がする。仕事の場では鋭く強い存在であっても、最後の時間はきっと、ごく個人的な、家族との静かな時間だったのだろう。
家族と、遺されたものについて
家族に見守られながら息を引き取った、という報道の一文を読んだとき、真っ先に浮かんだのは自分自身の家族の顔だった。仕事で忙しくしているあいだにも、家に帰れば家族がいて、その存在に日々支えられている。チバユウスケさんがどんな思いで最後の時間を過ごしたのか、そこまでを想像することはできないし、するべきでもないと思う。ただ、ひとりの表現者が、家族という最も近しい人たちに見守られながら旅立ったという事実には、静かな安堵のようなものを感じずにはいられない。仕事の場では強く鋭い表現者であっても、最後に還っていく場所は、やはり家族のいる場所なのかもしれない。土地や家に関わる仕事をしていると、家族というものの重みを日々突きつけられる。誰かが遺した家に、次の世代が暮らし続けること。誰かが守ってきた土地が、家族の記憶とともに受け継がれていくこと。「LOVE ROCKETS」という仕事が映画とともに残り続けているのと同じように、人が遺していくものは、必ずしも目に見える形をとるとは限らない。それでも、確かに次の誰かの日々を支え続けている。相談に来られる方の中には、家族を見送ったばかりで、まだ気持ちの整理がついていないという方も少なくない。そういうとき、無理に前を向かせようとするのではなく、まずはその方が抱えている喪失そのものに寄り添うことを大切にしている。仕事として関わる家や土地の向こうには、いつも誰かの人生と、誰かとの別れがある。チバユウスケさんの訃報に触れて改めて感じたのは、遺されたものと向き合う姿勢は、音楽であれ、家であれ、土地であれ、根っこのところで同じなのかもしれないということだった。
磐田で見つめる、残された仕事への感謝
磐田で家や土地の相談を受けていると、大切な人を亡くしたあとも、その人が遺したものに支えられて生きていく方々によく出会う。家族が建てた家、先代が守ってきた土地、誰かが積み重ねてきた仕事の記録。そのひとつひとつが、亡くなった本人の代わりに、残された人たちの日々を静かに支えている。「LOVE ROCKETS」が体現する、失われてなお色褪せない仕事の力は、そうした喪失と向き合う日々の姿勢にも通じるものがある。誰かがいなくなったことの悲しさと、その人が残したものへの感謝は、決して打ち消し合わない。むしろ両方を同時に抱えたままで生きていくのが、遺された者の日常なのだと、磐田で仕事をしながら改めて思う。もうボーカルがいなくなるなんて。それでも、映画は本当によかった。この記事を書き終えたいまも、その両方の感覚がそのまま自分の中に残っている。これからもこの曲を聴くたびに、映画館でこの曲が流れた瞬間の高揚感と、いまはもう新しい歌声が増えることのない静かな寂しさと、その両方を同時に思い出すのだろう。それでいいのだと思う。仕事も、家族も、土地も、いつか誰かの手から次の誰かの手へと渡っていく。渡す側がどんな思いでそれを積み上げてきたのか、渡された側にすべてがわかるわけではない。それでも、確かに受け継がれたものの重みだけは、時間が経つほどにはっきりと感じられるようになる。「LOVE ROCKETS」という一曲が、これから先も新しい観客の耳に届き続けるように、磐田で積み重ねているひとつひとつの仕事も、いつか誰かの日々を静かに支える力になればと思う。もうボーカルがいなくなるなんて。それでも、映画は本当によかったです。