ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=pGS3LVwl5bw
確認した動画: Emerald(Toki Asako - Topic/公式系チャンネル)

大石セレクション:曲がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★☆☆☆☆

選定理由:この曲は、公式のミュージックビデオが確認できず、映像面での評価軸を持てない[6]。歌詞は都市の夜とネオン、孤独と出会いを描く陰影のある世界観を持つが、直接的な感情表現よりも情景の断片を積み重ねる作り方のため、突出した深さよりも曲全体の質感を支える役割に近い。対して、トオミヨウが手がけたメロディとトラックメイクは、歌謡曲的な懐かしさとシティポップ的な洗練を同居させる独特のバランスを持ち[2]、ミドルテンポの中で少しずつ表情を変える構成が、聴くたびに新しい発見を連れてくる。3項目の中でもっとも語れる強さを持つのは、この曲そのものの手触りだと判断し、主視点を曲がいいに置いた。

アルバムというものには、たいてい聴かせ場となる曲と、その合間を埋めて全体の呼吸を作る曲がある。土岐麻子の『PASSION BLUE』(2019年10月2日発売)というアルバムの中で、「エメラルド」は後者に近い位置にいる曲だと思う。全10曲中、収録順は4曲目。表題曲「Passion Blue」やリード曲「美しい顔」のような、アルバムの顔になる曲ではない。けれど、聴き終えたあとにふと戻りたくなるのは、案外こういう曲だったりする。作詞を土岐麻子自身が手がけ、作曲・編曲をサウンドプロデューサーのトオミヨウが担当したこの一曲には、目立つための工夫よりも、聴き手の記憶に沈んでいくための工夫が施されているように聴こえる。

宝石としてのエメラルドは、ダイヤモンドほど硬くはない。傷つきやすく、内部に含まれる不純物(インクルージョン)を抱えたまま磨かれることが多い石だ。それでも、緑の奥にじわりと滲む透明感は唯一無二で、完璧な輝きよりも、内側に何かを抱え込んだままの静けさの方に価値が置かれる。曲名にこの石を選んだ時点で、作り手はきっと、完成された派手さではなく、内側に含みを持ったまま磨かれていく手触りを狙っていたのではないか。そう思いながら聴くと、この曲がアルバムの主役を張らない位置に置かれていることにも、意味があるように感じられてくる。

この記事は、同じアルバムから2曲を取り上げた過去2本の記事――CMソングとして書き下ろされた「Gift~あなたはマドンナ~」や、まっすぐなタイトルが印象的な「美しい顔」――とは、少し違う角度から書いてみたい。あの2曲がどちらも聴き手の耳を捉える強さを持つ曲だったのに対し、「エメラルド」はもっと静かに、聴き手の記憶の奥にゆっくりと沈んでいくタイプの曲だ。そういう曲だからこそ、東京での仕事や、今この磐田という土地で続けている日々の仕事と、自然に重なる部分がある。派手さのない仕事、内側に事情を抱えたままの家や土地。そういうものと向き合う時間の記憶を、この曲に重ねながら書き記しておきたい。

三部作の中の、4曲目という位置

『PASSION BLUE』は、2017年の『PINK』、2018年の『SAFARI』に続く、トオミヨウをサウンドプロデューサーに迎えたシティポップ三部作の完結編として制作されたアルバムだ。オリコンの資料によれば、同作はアルバムランキングで最高39位、4週にわたってランクインしたとされる。派手な大ヒットというより、コアなリスナーに着実に届いた作品という位置づけがふさわしい。アルバムのタイトルは、内に秘めた「BLUE(憂鬱)」と、外に溢れ出しそうな「PASSION(情熱)」という、相反する二つの感情に由来するとされ、既存の価値観に縛られて生きづらさを感じる人々の葛藤がテーマに据えられている。「エメラルド」は、そうしたテーマ性の強いアルバムの中で、感情を大きく叫ぶのではなく、静かに抱え込むタイプの曲として置かれているように聴こえる。

土岐麻子はインタビューで、「エメラルド」や「That Summer」、「愛を手探り」について、トオミヨウが「日本のポップスを聴いて育ってきたんだなってわかるようなメロディ」だと語っている(Meetiaのインタビューより)。派手な洋楽的アプローチではなく、どこか懐かしい歌謡曲的な旋律の質感が、この曲の芯にあるということだ。アルバムの中で目立つ役割を負わない4曲目に、そういう体温の低い、しかし確かな手触りのメロディが置かれていることに、作り手の意図を感じる。表題曲やリード曲が外向きの熱を担うとすれば、「エメラルド」はアルバムの内側で体温を保ち続ける役割を負っているのではないかと思う。

Mikiki by TOWER RECORDSのレビューでは、『PASSION BLUE』全体について、濫用されて安易な言葉になってしまった「シティ・ポップ」という呼び名の真髄を、あえて三部作の完結編として提示した作品だと評されている。この評は主に「美しい顔」など目立つ曲を通して語られたものだが、その評価が成立する土台には、「エメラルド」のように目立たないところで質を支えている曲の存在が欠かせないはずだ。表に出る曲だけでアルバムの評価が決まるわけではない。聴き手の耳には残らなくても、アルバム全体の体温や説得力を静かに支えている曲がある。「エメラルド」はまさにそういう役割を担っているのではないかと思う。

のちに土岐麻子は、2024年4月24日にソロデビュー20周年記念のオールタイムベストアルバム『Peppermint Time~20th Anniversary Best~』を発表しており、全2枚組・全30曲という選曲の中に「エメラルド」も収められている(公式サイトおよびmysoundの掲載情報より)。表題曲やリード曲が真っ先に候補に挙がるのは自然なことだが、20年分の楽曲から厳選された選曲の中に、アルバムの主役ではなかったこの曲が選ばれていること自体が、時間の経過に耐える曲であることの証のように感じられる。ヒットチャートの数字だけでは測れない価値が、この曲には宿っているように思う。

石の名前を、曲名にするということ

「エメラルド」というタイトルは、聴く前から曲の質感をある程度予告してしまう強さを持っている。ダイヤモンドのような多面的な輝きではなく、緑の内部に静かな透明感を抱え込む石。硬度はさほど高くなく、内包物を抱えたまま磨かれることの多い宝石でもある。曲そのものを聴くと、サビで一気に開放されるタイプの構成ではなく、ミドルテンポのグルーヴの中で少しずつ質感が変わっていくように聴こえる。転調や大きな展開で驚かせるのではなく、コード進行の微妙な陰影とトオミヨウ特有のトラックメイクの手数で、曲の奥行きを作っている印象がある。

土岐麻子の声も、この曲では前面に押し出すというより、トラックの一部として溶け込むように配置されているように感じられ、それが石の内部に光が滲むような手触りを生んでいるのではないかと思う。サビにあたる部分でも、爆発的な音量やキーの跳躍で押し切るのではなく、あくまで低い体温を保ったまま、少しずつ言葉の輪郭だけがはっきりしていくような歌い方に聴こえる。この抑制の効かせ方こそが、この曲を聴くたびに新しい発見をもたらす理由なのではないか。

派手な曲は一度で全部を受け取れてしまうが、内側に含みを持つ曲は、聴くたびに少しずつ違う面が見えてくる。エメラルドという石を、光の角度によって見え方が変わる石として捉えるなら、この曲もまた、聴くタイミングや自分の状態によって、違う印象を残す曲なのだと思う。それこそが、この曲が人を静かに惹きつけ続ける理由ではないかと感じている。トオミヨウのプロデュースワークは、シティポップという言葉が持つ都会的な軽やかさと、日本の歌謡曲的な旋律の懐かしさという、本来交わりにくい二つの要素を同居させることに長けているように聴こえる。「エメラルド」は、その同居のバランスが、もっとも静かな形で表れている一曲なのかもしれない。

編曲面では、リズムトラックの手数の多さと、余白の残し方のバランスが印象的だ。音数を詰め込んで密度で押すのではなく、あえて隙間を残すことで、土岐麻子の声の輪郭や、言葉の切れ目にある呼吸が際立つように設計されているように聴こえる。ベースラインも主張しすぎず、曲全体をゆっくりと下支えする役回りに徹しているようで、そうした引き算の判断の積み重ねが、結果として「エメラルド」という石の名にふさわしい、静かで硬質な質感を曲全体にもたらしているのではないかと思う。

目立たない仕事を、東京で積み重ねた日々

東京で働いていた頃、成果というものはたいてい分かりやすい数字や、目立つ案件で語られた。企画書の一枚目に書けるような、誰が見ても分かる実績。そういうものばかりが評価の対象になりがちな環境の中で、地道な調整や、表に出ない下準備の価値は、実感としてなかなか正当に扱われなかった。けれど実際に組織を支えていたのは、表題曲にはならない、アルバムでいえば4曲目のような仕事の積み重ねだったと、今になって思う。

誰かの評価に直結しなくても、丁寧に作られたものは、時間が経ってから静かに効いてくる。「エメラルド」という曲がアルバムの主役ではないのに、聴き返すたびに戻ってきたくなるのと同じように、当時の仕事の中にも、後から効いてくる種類の丁寧さがあった気がする。硬度の高くない石が、それでも磨かれることで独特の輝きを持つように、目立たない仕事にも、時間をかけて磨かれることで生まれる質感がある。当時は気づかなかったが、あの頃に地味に積み上げていたことの多くが、今の仕事の土台になっている。派手な成果として記録には残らなくても、確かにそこにあった時間だったのだと、この曲を聴くとあらためて思い出す。

アルバムを一枚の仕事として見たとき、表題曲やリード曲だけでは成立しない。目立たない位置にある曲が、全体の質感を底で支えている。組織の仕事も同じで、対外的に語られる実績の裏には、必ずと言っていいほど、名前の残らない調整や下準備の積み重ねがある。当時はそのことに苛立ちを覚えることもあったが、今振り返ると、その目立たない部分にこそ、自分なりの仕事の質が表れていたのだと思う。「エメラルド」という曲順4曲目の存在は、そうした記憶をあらためて呼び起こしてくれる。

磐田で向き合う、内側にある透明感

磐田で家や土地の相談を受けていると、外からは分かりにくい事情を抱えたまま、長い時間をかけて維持されてきた家に出会うことがある。相続や空き家の相談は、表向きの見栄えよりも、内側に積もった時間や関係性を丁寧にほどく作業に近い。持ち主が何代にもわたって守ってきた土地には、書類だけでは分からない事情や感情が、いくつも折り重なって内包されている。エメラルドという石が内包物を抱えたまま磨かれるように、それぞれの家や土地にも、簡単には見えない事情が内側に含まれている。

そこに無理に均一な輝きを求めるのではなく、あるがままの内側の透明感を大事にしながら、次の形を一緒に考えていく。すべての傷や含みを取り除いて完璧に磨き上げることが、必ずしも良い結果につながるとは限らない。むしろ、その家や土地が抱えてきた時間ごと、次の持ち主や次の使い方に丁寧に橋渡しすることの方が、長い目で見れば価値を残すことも多い。「エメラルド」という曲が持つ、静かで内向きの輝き方は、そういう仕事の姿勢とどこか重なる。

家族と過ごす何気ない時間、ここ磐田という土地に根を張って生きていくことの意味を、この曲は静かに思い出させてくれる。東京にいた頃は、目立つことや分かりやすい成果を追いかけることに時間を使っていたが、この土地に戻ってからは、目に見えにくい価値をどう扱うかということの方が、日々の仕事の中心になった。派手なフックのない曲を、それでも何度も聴き返してしまうように、地味に見える家や土地の相談も、丁寧に向き合うほどに、その内側にある確かな価値が見えてくる。「エメラルド」という曲名を選んだ土岐麻子とトオミヨウの感覚に、今はとても近いところで頷きながら、この曲を聴いている。

参考リンク