徳永英明の「壊れかけのRadio」は、1990年7月7日にアポロン(バンダイ・ミュージックエンタテインメント)から発売された、通算10枚目のシングルである[1][2]。作詞・作曲を徳永英明自身が手がけ、編曲は数多くの名盤に関わってきた瀬尾一三が担当した[1][2]。徳永がA面で作詞・作曲の両方を手がけたのは、1989年のシングル「恋人」以来のことだったとされる[1]。この曲はTBS系ドラマ「都会の森」の主題歌に起用され、徳永本人も俳優として同ドラマに出演していた[1][3]。オリコン週間シングルランキングでは最高5位、売上はおよそ36万6千枚を記録し、1990年の年間ランキングでも23位に入った[1][2]。以来、彼の代表曲の一つとして長く歌い継がれ、後年の紅白歌合戦でも披露されている[1]。
今回取り上げるのは、UNIVERSAL MUSIC JAPANの公式チャンネルで配信されている「徳永英明 / 壊れかけのRadio」の映像である[4]。この曲は、曲・歌詞・MVのどれを取っても語りどころがあるが、その中で大石セレクションとして選びたいのは、少年から大人へと変わっていく心の揺れを「壊れかけのRadio」という一つの言葉に託した、歌詞の力である。
ハイトーンが静かに立ち上がる、王道のバラード
音の面から見ていくと、「壊れかけのRadio」は、徳永英明という歌い手の資質が最も素直に生きたバラードである。イントロは大きく煽ることなく静かに始まり、彼の透明感のあるハイトーンボイスがゆっくりと立ち上がっていく。編曲を手がけたのは瀬尾一三で、その手腕はメロディの流れを邪魔せず、声を主役に据えたアレンジに徹している[1][2]。派手なギミックに頼らず、Aメロからサビへと感情が少しずつ高まっていく構成は、1990年前後の日本のバラードの一つの王道と言ってよい。それでいて古びた印象を与えないのは、徳永の声そのものが持つ普遍的な強度によるところが大きい。
特に印象的なのは、サビでの声の伸びである。抑えたトーンで語り始めたAメロから、サビでふっと高音域が開けていく瞬間、聴き手の胸のあたりが少しだけ締めつけられる。その高音は決して力任せではなく、どこか儚さや心もとなさを含んでいて、それがこの曲の「揺れる思春期」というテーマと見事に噛み合っている。強がりたいのに強がりきれない、そういう年頃の心を、声の質感そのものが体現しているのだ。イヤホンで丁寧に聴くと、語尾の細やかな震わせ方や、ブレスの置き方まで、感情の流れに沿って設計されていることがわかる。曲としての完成度は疑いようがなく、だからこそ長く歌い継がれてきたのだと思う[1][2]。
「壊れかけのRadio」という比喩が背負うもの
歌詞をそのまま引用することはしないが、その構造について考えてみたい。この曲のテーマは、少年から大人へと移り変わっていく途上の、揺れる思春期の心であるとしばしば語られる[5]。まだ子供ではいられず、しかし大人にもなりきれない。その受け入れがたい自分の状態を、タイトルにも掲げられた「壊れかけのRadio」という一つのモチーフに託しているところに、この歌詞の最大の発明がある。雑音まじりに、ときに途切れながらも、それでも何かを伝えようとするラジオ。そのイメージが、うまく言葉にならない少年期の感情と静かに重なっていく。
この比喩が優れているのは、抽象的な「思春期の悩み」を、誰もが手を触れたことのある具体的な物に置き換えている点だ。夜、布団の中でそっと聴いたラジオ。遠くの電波を拾おうとダイヤルを合わせた記憶。そうした身体的な体験を持つ人にとって、「壊れかけのRadio」という言葉は説明抜きで胸に届く。歌の視点は、はっきりとした答えを提示するのではなく、揺れたまま、途切れたままの状態をそのまま肯定する。だからこそ、思春期の渦中にいる人にも、それをとうに過ぎた大人にも、それぞれの形で響く[5]。10代で聴いたときには「今の自分」の歌として、大人になって聴き直したときには「あの頃の自分」への手紙として受け取れる。その二重性を許す余白の広さが、この歌詞を主視点に選んだ理由である。
また、この曲がドラマ「都会の森」の主題歌に選ばれた背景にも、都会の中で揺れながら生きる人の心という、作品世界との親和性があったのだろうと想像する[1][3]。物語の細部との対応を断定することは避けたいが、「壊れかけ」という不完全さをそのまま抱えたモチーフは、完成された強さよりも、迷いながら進む人の姿を描くドラマに自然に寄り添う強さを持っていたはずだ。
公式映像が伝える、声そのものの表情
今回確認したUNIVERSAL MUSIC JAPAN公式チャンネルの映像は、徳永英明の歌の表情を中心に据えた誠実な作りである[4]。過剰な演出でストーリーを語るのではなく、歌い手が一音一音をどう届けているか、その表情や佇まいを静かに映し出すことに重心が置かれている。この抑えた構成は、雑音まじりのラジオという歌詞のモチーフが持つ、飾らない親密さと呼応している。
映像が伝えてくるのは、ドラマチックな物語というより、この歌が本来持っている距離感の近さだ。まるで深夜のラジオから流れてくる声のように、聴き手一人ひとりの耳元にそっと届くような、その親密さである。ただし、映像単体としての物語の起伏や、強い印象を残す視覚的な演出という点では、曲や歌詞が喚起する記憶の広がりに比べるとやや控えめだとも感じる。歌を壊さずに寄り添う映像であることは間違いないが、この記事では歌詞の持つ比喩の力を主役に据えたいという判断から、MVの評価は中位に置いている。
大人になってから、雑音の意味がわかる
ここで少し、私自身の話をしたい。私は磐田市で介護と不動産の仕事をしているが、この曲がヒットした頃、私はまだ大人になりきれない年頃だった。うまく言葉にならない気持ちを抱えたまま、夜の静けさの中で音楽に耳を澄ませていた記憶がある。当時は「壊れかけのRadio」という言葉を、なんとなく格好いい比喩としてしか受け取っていなかったように思う。それが、東京で働き、磐田に戻り、介護の現場で多くの人生の終いに立ち会うようになってから、この言葉の重さが少しずつわかってきた。人の記憶や心もまた、年を重ねるにつれて雑音が増え、ときに途切れる。それでも何かを伝えようとし続ける姿は、まさに壊れかけのラジオそのものだ。実家を整理する仕事の中でも、古い家の片隅から出てくるラジカセや、色あせた思い出の品に、誰かが過ごした夜の時間がそっと残っていることがある。
「壊れかけのRadio」は、少年でいられなくなる夜の揺れを歌った曲でありながら、実際にはもっと長い人生の時間を見つめる強度を持っている。だからこそ、思春期をとうに過ぎた大人が、何でもない夜に不意に耳にしても、静かに効いてくる。完璧に整った声で歌われる「壊れかけ」という不完全さ。その矛盾こそが、迷いながら生きてきたすべての人の記憶と重なっていく。そういう曲は、そう多くない。
参考リンク
- [1] 壊れかけのRadio - Wikipedia
- [2] 壊れかけのRadio | 徳永英明 | ORICON NEWS
- [3] 徳永英明 - Wikipedia
- [4] 徳永英明 / 壊れかけのRadio - YouTube(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)
- [5] 徳永英明「壊れかけのRadio」 - 昭和音楽図鑑
雑音まじりの記憶がそれでも大切な声を運んでくるように、古い家や土地にもまた、誰かが過ごした夜の時間が静かに残っています。
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