ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=OS45uTF_8P0
確認した動画: 東京事変「緑酒」Music Video(監督:児玉裕一)

「緑酒」は、テレビ東京の経済ニュース番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」が2021年3月29日に放送時刻を夜10時へリニューアルするのに合わせて書き下ろされた、新エンディングテーマである[1]。作詞は椎名林檎、作曲は伊澤一葉、編曲は東京事変。2021年3月30日に配信限定シングルとして先行公開され、6月9日発売のアルバム『音楽』に収録された[3]。番組のチーフプロデューサーは「新生日本への叱咤と期待を歌い上げた、ガツンと来る素晴らしい曲」とコメントを寄せており[1]、東京事変側も「我々現役世代の肩に伸し掛かる重みを分かち合いたい。とにかくそれだけです」という言葉を残している[1]。コロナ禍のさなかに作られた曲だと知ってから聴くと、番組が想定していたであろう「日々の理不尽と戦い、疲れ果てながらも寝る前にニュースを見る大人たち」への眼差しが、曲の端々にうっすらと透けて見える。

ATAWI MUSICでこの曲を取り上げるのは、椎名林檎が書いたという言葉の重みと、大石浩之個人が東京で働いていた記憶とが、思いがけず同じ場所で重なるからだ。番組のために書かれた曲でありながら、そこに込められた「今の世代が背負っているもの」という視点は、東京を離れて磐田で家や土地の相談を受けるようになった今の仕事にも、静かに響いてくる。派手なメッセージソングとして消費するには惜しい、抑制の効いた曲だと思う。

東京事変というバンドを聴き始めたのは、東京で働き始めてしばらく経った頃だった。当時はまだ、曲の背景や制作経緯を調べることなく、ただ音の勢いや歌声の切れ味に引っ張られて聴いていた。「緑酒」に出会ったのは、それよりもずっと後、磐田に戻ってから深夜にたまたま流れてきたニュース番組の再放送だったと記憶している。エンディングにひっそりと流れるその曲を、誰の曲かも分からないまま聴いていて、あとになって調べて東京事変だと知った。曲との出会い方が違うだけで、同じバンドの曲でもこれほど印象が変わるのかと、あらためて驚いた覚えがある。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:伊澤一葉が書いたという楽曲の骨格には落ち着きがあり、rockin'onが「後半でとんでもねえ展開になっていく」と評した構成の妙も確かに聴き取れる[7]。児玉裕一監督による盃と石見神楽のMVも、時間をかけて熟成されたものへの敬意が伝わる仕上がりだ[5][6]。それでも、この曲でもっとも語るべきは椎名林檎が報道番組のために書いたという言葉の重みだと思う。誰かを励ますための言葉ではなく、今の世代が背負っているものを静かに分かち合おうとする言葉。rockin'onが「歌詞は今の日本社会へのメッセージの塊」と評したように[7]、この曲は音や映像を離れても、言葉だけで人の一日の終わりに寄り添う強さを持っている。だから主視点は歌詞がいいに置いた。

番組のために書かれた曲であること

「緑酒」がまず特異なのは、アーティストの内側から自然に生まれた曲ではなく、報道番組という外部の要請から始まっている点だ。WBSのプロデューサー側が番組の趣旨を東京事変に伝え、それを受けて椎名林檎が詞を書いたという成り立ちが、テレ東プラスの記事で報じられている[1]。タイアップ曲というと商業的な色合いを警戒したくなるが、この曲に関しては、依頼の趣旨と作り手の関心が重なった結果として生まれたように聴こえる。経済ニュースという、数字と固有名詞ばかりが流れていく世界の終わりに、この曲が流れることを想像すると、抑制された旋律の意味が少し変わってくる。声高に励ますのではなく、今日一日を終えた人の隣に黙って座るような曲を、あえて選んだのではないか。

東京で働いていた頃、帰宅前に何気なくつけたテレビの経済ニュースを、内容もろくに覚えていないまま眺めていた夜がある。仕事の疲れが抜けきらないまま、次の日の予定を頭の隅で数えながら画面を眺めるあの時間に、もしこの曲が流れていたら、少し違う帰り方をしていたかもしれない。番組が想定していたという視聴者像は、まさにあの頃の自分に近い。曲そのものよりも先に、誰に向けて書かれた曲かを知ることで、聴こえ方が変わる曲というのは案外少ない。

タイアップというと、企業や番組の意向に音楽が合わせにいく構図を想像しがちだが、この曲についてはむしろ逆で、番組側が先に自分たちの立ち位置を言葉にして手渡し、そこに東京事変が自分たちの視点を重ねていったという成り立ちが伝えられている[1]。だからこそ、曲の抑制の効いた温度が、単なる企業広告のような軽さに流れず、むしろ書き手自身の実感に近いところで鳴っているように聴こえるのだと思う。誰かのために書かれた曲でありながら、書いた側の言葉として自然に響くというのは、簡単に両立するものではない。

伊澤一葉が手がけたという楽曲の骨格には、派手な転調や過剰な装飾を避け、じっくりと歩調を刻んでいくような落ち着きがあるように聴こえる[3]。ボーカルの発声も、東京事変の他の楽曲にありがちな鋭さや挑発的な尖りよりも、言葉を一つひとつ手渡すような丁寧さが先に立っている印象を受ける。rockin'onは、この曲の歌詞を「今の日本社会へのメッセージの塊」と評している[7]。歌詞そのものを丸ごと引用することはしないが、そこにあるのは特定の誰かへの恋愛感情というより、同じ時代を生きる人たち全体への語りかけだと感じる。責めるのでも、無責任に励ますのでもなく、今を生きている者同士が背負っているものを、まず認め合おうとする言葉。椎名林檎の詞は難解な比喩や強い言い回しで知られることが多いが、この曲に関しては、むしろ平易な言葉を選び、誰の耳にも届く高さに声を合わせているように聴こえる。それが、この曲を単なる社会派メッセージソングで終わらせず、隣に座って肩の力を抜かせる曲にしている。

盃を交わす映像と、曲の構成の意外性

公開されたミュージックビデオは児玉裕一が監督を手がけ、メンバーが身支度を整えて食事の席につき、盃を交わす場面や、ドラムの刄田綴色が石見神楽を舞う演奏シーンで構成されている[4][5][6]。監督は「手間と時間をかけて熟成されたものたちは、いつも堂々としててかっこいいです」というコメントを寄せている[6]。祝いの膳と伝統芸能という、どちらも即席では成立しないものを映像に選んだ姿勢は、曲自体の作り方とも響き合っているように見える。rockin'onの評では、曲の後半に「とんでもねえ展開」があると評されており[7]、聴き手の予想を静かに裏切る構成の妙が、この曲の骨格になっているようだ。実際に聴いていても、始まりの落ち着いた足取りから、後半にかけて表情が変わっていく感覚があり、それが単なる盛り上がりではなく、曲全体の意味を反転させるような効き方をしているように聴こえる。

「緑酒」という題名からは祝いの席を思い浮かべるが、映像も曲も、明るさだけでは終わらせない作りになっている。杯を交わす所作には、まだ交わせていない誰かへの思いも同居しているのではないか。磐田で家や土地の相談を受けていると、人が誰かと杯を交わす場面には、順風満帆な報告だけでなく、区切りをつけるための儀式のような重さが混じっていることに気づく。実家を手放す前の最後の食事、介護の役割分担を決めた夜の一杯、離れて暮らす家族と久しぶりに顔を合わせた席。そうした場面を思い出すと、この曲が描く「杯を交わす」という行為の意味が、単なる祝福以上のものに感じられてくる。

曲の後半に訪れるという構成の転換も、そう考えると単なる音楽的な仕掛け以上の意味を持って聴こえてくる。穏やかな導入から一転して熱を帯びていく展開は、静かに始まった食事の席が、酒が進むうちに本音や笑いや涙に近づいていく時間の流れとも重なる。杯を交わす場は、最初から本音がこぼれるわけではない。形式的な乾杯から始まり、少しずつ空気がほどけて、ようやく言いたかったことが口をついて出る。曲の構成がその順序をなぞっているのだとすれば、後半の展開は驚かせるための仕掛けというより、宴の時間そのものの写し絵なのかもしれない。児玉裕一監督の映像が石見神楽という古くから続く伝統芸能を選んだのも、一過性の盛り上がりではなく、時間をかけて受け継がれてきたものへの敬意という点で、曲の主題と静かに響き合っている。

チャートの数字と、曲の届き方

収録アルバム『音楽』は東京事変にとって10年ぶりのオリジナルフルアルバムであり、CDセールスでビルボードジャパンの週間アルバムランキング2位、デジタルアルバムランキングでは1位を記録したと報じられている[8]。「緑酒」自体はシングルとして単独でチャート上位に大きく取り上げられたわけではなく、番組のエンディングテーマという立ち位置のまま、多くの人の耳に静かに届いた曲だったようだ。派手な初動よりも、日々のニュース番組の締めくくりに繰り返し流れ続けたという事実のほうが、この曲の届き方をよく表している気がする。

数字として目立つ実績よりも、毎晩同じ時間にニュースの終わりで流れ続けたという事実のほうが、この曲の性格をよく物語っている。仕事の場でも、派手な成果よりも、地道に同じ時間に同じ姿勢で続けてきたことのほうが、後になって重みを持つ場合がある。磐田で不動産や空き家の相談を受ける仕事も、劇的な解決より、同じ丁寧さで一件ずつ向き合う時間の積み重ねでしかない。「緑酒」がテレビの中で果たしていた役割と、そうした地道な仕事の時間が、自分の中では静かに重なって見える。

長い沈黙のあとに戻ってきたバンドが、まず社会に向けて手渡した曲の一つが、報道番組のために書かれたこの曲だったという順序には、意味があるように思える。派手な復帰作の目玉としてではなく、誰かの一日の終わりに寄り添う曲として世に出たことが、結果としてこの曲を息の長いものにしたのではないか。

今、磐田でこの曲を聴くということ

東京で働いていた頃にこの曲を聴いていたら、番組のエンディングとして、ただ耳を通り過ぎていたかもしれない。磐田に戻り、家や土地、家族の時間に向き合う仕事をするようになってから聴き直すと、椎名林檎が言葉に込めたという「今の世代が背負っているもの」という視点が、自分の仕事にも重なって聴こえてくる。次の世代に何を渡し、何を片づけてから渡すのか。空き家になった実家、相続の手続き、親の介護と暮らしの再編。派手さのない現実ばかりだが、その一つひとつに向き合うことが、この曲が歌おうとした「今の世代の役目」と、案外近いところにあるのではないかと思う。

「緑酒」は、あの頃の東京でただ聴き流していた曲ではなく、今こうして磐田で仕事をしながら聴き直すことで、初めて本当の輪郭を見せてくれる曲なのかもしれない。番組のために書かれた曲、コロナ禍という時代の空気、盃を交わす映像、後半で表情を変える構成。それらのひとつひとつを知るたびに、この曲がなぜ静かに強いのか、自分の中で少しずつ像を結んでいく。東京事変が語ったという「肩に伸し掛かる重みを分かち合いたい」という思いは[1]、まだ完全に軽くなったわけではないのかもしれないが、少なくとも今この曲を聴きながら、その重みを分かち合う誰かの存在を思い浮かべることはできる。

磐田で家や土地の相談を受けるとき、依頼人がぽつりと漏らす言葉には、この曲が向き合おうとしたものと似た手触りがあることがある。片づけなければならないことが多く、次の世代に何を残せるのか分からないまま、それでも日々の暮らしを回している。そういう人たちと向き合う時間が積み重なるほど、「緑酒」という曲が最初からテレビの向こうの誰かのために、静かに置かれた一杯だったのだと感じるようになった。東京で働いていた自分がこの曲に出会っていたら気づかなかったであろう温度を、磐田に戻ってからようやく受け取れているのだと思う。

曲を聴き終えたあとに残るのは、高揚感よりも、少しだけ息が整うような感覚だ。経済ニュースの終わりに置かれた三分程度の余白として、この曲は多くの人の一日の締めくくりに立ち会ってきたのだろう。誰かの功績を称える曲でも、未来を大げさに描く曲でもなく、ただ今日を終えた人の隣にそっと置かれる一杯として存在してきた。磐田で家や土地の記憶に向き合う仕事をしながらこの曲を聴くと、派手さのない一日の終わりにこそ、こういう曲が必要なのだと、あらためて思わされる。

参考リンク

杯を交わす瞬間には、いつも誰かと積み重ねてきた時間が映っています。家や土地にも、同じように誰かの暮らしや記憶が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。