「絶対値対相対値」は、東京事変通算5枚目のアルバム『大発見』(2016年8月22日リリース)に収録された楽曲だ[1]。この映像は、同アルバムを携えた2011年の全国ツアーの追加公演を記録した映像作品『Discovery』からの一曲であり[2]、2012年2月に発売されたこのDVD・Blu-rayは、バンドとして初めてオリコン週間DVDランキングの総合首位を獲得している[2]。数学用語を組み合わせたタイトルが示す通り、この曲は「揺るがないもの」と「比較の中でしか意味を持たないもの」という、対照的な概念を扱っている。
数学用語が持ち込む、哲学的な問い
「絶対値」とは、数直線上である数字が原点からどれだけ離れているかを示す、符号を無視した値のことだ。一方「相対値」は、何かとの比較の中で初めて意味を持つ数値を指す。この二つの数学的な概念を対比させたタイトルには、「他人と比べなくても揺るがない自分自身の価値」と、「誰かとの比較の中でしか測れない、移ろいやすい価値」という、人間の自己認識にまつわる普遍的なテーマが重ねられているように感じる。歌詞をそのまま引用することは控えるが、この曲が問いかけているのは、私たちが自分自身の価値を、何を基準にして測っているのかという、根源的な問いだと感じている。誰かと比較して一喜一憂することも、比較を超えた絶対的な自分の価値を信じることも、どちらも人間が生きていく上で経験する感情の動きだ。この曲は、そのどちらか一方を否定するのではなく、両方の視点があることを、静かに提示しているように思える。数式のような硬質な言葉を借りながら、実は人間の心のありようを丁寧にすくい上げているという点に、この曲の深さがある。
アルバム『大発見』の多彩さを象徴する一曲
『大発見』は、「天国へようこそ [For The Disc]」から「女の子は誰でも」まで、全14曲がそれぞれ異なるテーマと音楽性を持つ、バラエティに富んだアルバムだ[1]。「絶対値対相対値」は、その中でも特に、抽象的な概念をテーマに据えた、実験性の高い一曲として位置づけられる。カオティックで複雑に絡み合う要素の中に、こうした哲学的な問いを持ち込むことができるのは、東京事変というバンドが単なるポップミュージックの枠を越えた、知的な探求心を持ち続けているからこそだろう。
ツアーの現場が引き出す、抽象的なテーマの体温
スタジオ音源だけで聴くと、やや観念的で抽象的に響くかもしれないこの曲のテーマは、ライブという生の演奏の場に置かれることで、また違った説得力を帯びてくる。目の前で演奏される音のうねりと、絶対値・相対値という数学的な対比構造が組み合わさることで、抽象的な概念が、その場にいる観客の身体感覚と結びついていく。2011年のツアーを締めくくる追加公演というこの特別な場で演奏されたこの曲は、単なる音源の再現ではなく、その日その場でしか生まれない一回性の熱を帯びている。
タイトルの対比構造が、そのまま楽曲の構成美に
「絶対値」と「相対値」という、対義語のように並べられた二つの数学用語は、この曲の音楽的な構成にも反映されているように感じられる。安定したセクションと、めまぐるしく変化していくセクションが交互に現れる展開は、まさに「揺るがないもの」と「比較の中で移ろうもの」という、タイトルが示す二つの概念を、音楽的な構造としてそのまま体現しているように聴こえる。言葉のテーマと、音楽的な構成が一致しているという点で、この曲は非常に緻密に設計された作品だと言える。
抽象的な概念を、ポップスの文脈で扱う挑戦
数学的、哲学的な概念を歌詞のテーマに据えるというのは、多くのポップミュージックが避けがちな挑戦だ。分かりやすい恋愛や日常の感情を歌う方が、リスナーにとって親しみやすいことは間違いない。それでもあえてこうした抽象的なテーマに挑み続ける東京事変というバンドの姿勢は、ポップスというフォーマットの可能性を、常に押し広げようとする実験精神の表れだ。難解に響きかねないテーマを、それでも聴きやすい形に落とし込む技術力の高さに、あらためて驚かされる。数式のように冷たく響きかねない言葉が、演奏の熱量によって温かい体温を持った音楽に生まれ変わる瞬間を、この曲は確かに捉えている。理屈だけでは説明しきれない感情の機微を、あえて理屈っぽい言葉で語ろうとする、その逆説的な挑戦にこそ、この曲の面白さが宿っている。硬質な言葉と柔らかな感情、その両方を同時に扱えるバンドは、決して多くない。数学という誰にとっても平等な言語を借りることで、個人的な感情の揺れを、より普遍的な問いとして提示できているという点も、この曲の巧みなところだ。誰かとの比較に疲れたとき、あるいは自分だけの絶対的な価値をあらためて確かめたくなったとき、この曲はきっと静かな道しるべになってくれるはずだ。抽象的な数学用語を、これほど身近な感情の物語として着地させられるのは、椎名林檎という書き手が言葉の選び方にどこまでも誠実だからなのだと思う。難解な概念を借りながらも、最終的に届けたいのはごくシンプルな「自分を信じてほしい」という願いなのだと気づくと、この曲の印象はまた一段と柔らかくなる。数式の奥にある温かさに気づけたとき、この曲はきっと違う顔を見せてくれるはずだ。硬い言葉の奥に潜む優しさを見つける旅として、この一曲を聴き直してみてほしい。きっと新しい発見が、いつも静かに、そしてそっとあなたのことを待ち続けているはずだ。
参考リンク
比較を超えた絶対的な価値を信じられるように、住まいにも、他と比べずとも大切にできる価値があります。
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