ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=zWXZ0381CaI
確認した動画: 青い春のエチュード feat.長屋晴子 (緑黄色社会) / TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA(TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA OFFICIAL)

2023年3月15日発売のミニアルバム『JUNK or GEM』のリードトラックとして作られたのが、この「青い春のエチュード feat.長屋晴子(緑黄色社会)」だ[1]。作曲は川上つよし(Bass)、作詞はバリトンサックス奏者の谷中敦が手がけている[2]。ゲストボーカルに迎えたのは、緑黄色社会の長屋晴子。谷中敦はこの曲について、「大人になっても絶対に忘れない、空気にさえ触れさせない恋の真空パック。愛が強すぎて結局、人前で演奏しなかったような大切な練習曲(エチュード)の話です」とコメントしている[2]

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:「愛が強すぎて結局、人前で演奏しなかった大切な練習曲」という谷中敦のコメントは[2]、この曲のコンセプトそのものを最も端的に表している。誰かに聴かせるための曲ではなく、自分だけの胸の中にしまっておきたいほど大切な想い。それを「エチュード」という、本来は技術を磨くための練習曲を指す言葉に重ねる発想の飛躍が見事だ。恋の記憶を「空気にさえ触れさせない真空パック」と表現する言葉選びの繊細さに、主視点を置きたい。

“管楽器3部作”、その完結編として

この曲は、東京スカパラダイスオーケストラが掲げていた「管楽器3部作」という裏テーマの完結編として位置づけられている[2]。「Free Free Free」では幾田りらがトランペットを、「紋白蝶」では石原慎也(Saucy Dog)がチューバを演奏し、そしてこの「青い春のエチュード」では、長屋晴子がトロンボーンを演奏することでこの3部作を締めくくっている[2]。ボーカルとしてゲストを迎えるだけでなく、あえて管楽器という、東京スカパラダイスオーケストラの本質であるホーンセクションの一員として参加してもらうという企画は、単なるコラボレーションを超えた、深いリスペクトの表れだと言える。歌い手としてだけでなく、演奏者としてバンドの音の中に入り込んでもらう。この構成そのものが、招かれるアーティストにとっても特別な経験になったはずだ。

「真空パック」という比喩が切り取る、恋の記憶の閉じ方

歌詞に丸ごと触れることは控えるが、谷中敦のコメントにある「空気にさえ触れさせない恋の真空パック」という言葉は[2]、この曲が扱っているテーマの核心を突いている。多くのラブソングは、想いを誰かに伝えることを目的にしている。しかしこの曲が描いているのは、その正反対、つまり「誰にも触れさせたくないほど大切にしまっておいた想い」だ。真空パックという比喩は、空気に触れることで劣化してしまうものを、あえて密閉して守るという行為を連想させる。青春時代の淡い恋の記憶もまた、時間が経つにつれて色褪せたり、思い出として消費されたりしてしまうものだ。それを「真空パック」のように大切に閉じ込めておくという発想は、失われやすいものを守ろうとする切実さと、それでも消えてしまうかもしれないという不安の両方を同時に抱えている。「人前で演奏しなかった練習曲」というタイトルの由来も、この密閉された想いのイメージと美しく重なり合っている。

室内で交わされる、静かな物語

MVで描かれるのは、室内を舞台にした、二人の人物によるナラティブな情景だ。派手なロケーションや壮大なスケール感を持つ映像ではなく、あくまで親密な距離感の中で物語が紡がれていく。この構成は、歌詞が描く「誰にも触れさせない」という秘めやかなテーマと丁寧に呼応している。大勢の観客を前にしたライブ映像とは対照的に、この曲では小さな部屋の中の出来事として、恋の記憶が静かに描かれている。歌詞の内容を説明しすぎることなく、情景の断片を積み重ねることで、見る人それぞれの記憶と重なる余白を残している。

誰かのために演奏することと、自分のためにしまっておくこと

「管楽器3部作」というプロジェクト全体を通して、東京スカパラダイスオーケストラは、他者に開かれた音楽の在り方を追求してきた。しかしその完結編であるこの曲が扱っているのは、「人前で演奏しなかった」という、閉じられた記憶についての物語だ。開かれた音楽活動の集大成として、あえて閉じた想いを歌うという選択には、深い含蓄がある。誰かに届けるための音楽と、自分だけのために大切にしまっておく想い。その両方があってこそ、人は本当に豊かな感情を持ち続けられるのかもしれない。

「JUNK or GEM」という、ミニアルバムのタイトルが問うもの

このミニアルバムのタイトル『JUNK or GEM』は、「がらくたか、宝石か」という、二者択一を突きつける言葉だ[1]。人前で演奏することのなかったこの練習曲は、傍から見ればただの未発表の断片、つまり「JUNK」に過ぎないのかもしれない。しかし当人にとっては、何にも代えがたい「GEM」だったのだろう。誰かにとっての価値のないものが、別の誰かにとってはかけがえのない宝物になる。このアルバムタイトルそのものが、この曲の持つテーマと深く共鳴している。全7曲というコンパクトな構成の中で、この曲をリードトラックに据えたという判断からも、バンドがこの「誰にも見せなかった宝物」というテーマに、特別な思い入れを持っていたことが伝わってくる。ミニアルバムという形式は、フルアルバムほどの規模を持たない分、一曲一曲に込められたテーマがより濃密に響く。その中であえてリードトラックに選ばれたこの曲は、アルバム全体の「JUNK or GEM」という問いに、ひとつの答えを最初に示す役割を担っている。誰の目にも触れなかったものこそが、実は最も価値のある宝石だったのかもしれない。人前で演奏しなかったからこそ守られた輝きが、この曲を通してようやく静かに開かれたのだと思う。真空パックを開けた瞬間に、閉じ込めていた青春の香りがふわりと立ちのぼる。

参考リンク

誰にも触れさせずに大切にしまっておく想いがあるように、住まいの記憶にも、そっとしておきたい時間があります。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。