宇多田ヒカルの「Beautiful World」は、2007年8月29日にEMIミュージック・ジャパンから発売された、両A面シングル「Beautiful World/Kiss & Cry」の1曲である[1][2]。作詞・作曲・編曲はすべて宇多田ヒカル本人が手がけた[1]。この曲は、2007年9月から劇場公開された映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」のテーマソングとして書き下ろされたもので、庵野秀明監督ら制作スタッフが、2006年に雑誌『週刊プレイボーイ』に掲載された宇多田のインタビューを読んだことをきっかけにオファーしたという経緯を持つ[1][3]。オリコン週間シングルランキングでは2位を記録し、2007年度の年間チャートでも20位に入った[1]。CDはプラチナ、シングルトラックの配信はミリオンの認定を受けており、宇多田ヒカルのキャリアの中でも広く聴かれ続けている一曲である[1]。
今回確認したのは、YouTubeで公式に配信されている「Utada Hikaru『Beautiful World』 Directed by Tsurumaki Kazuya」と題された映像である。これは2007年の劇場公開時に庵野秀明が手がけた最初の映像とは別に、2014年に「Rebuild of Evangelion」の共同監督である鶴巻和哉が新たに監督したミュージックビデオである[4][5]。この曲は、曲・歌詞・MVのどれもが語りどころに満ちているが、その中で大石セレクションとして選びたいのは、世界の終わりを扱いながらも徹底して「あなたのそばにいたい」という個の願いに立ち返る、歌詞の力である。
浮遊するメロディと、地に足のついたリズム
音の面から見ていくと、「Beautiful World」は宇多田ヒカルらしい、独特の浮遊感を持ったポップソングである。イントロから漂うシンセの響きは、どこか宇宙的な広がりを感じさせる一方で、その下では打ち込みのリズムが淡々と、しかし確かに時を刻んでいく。作詞・作曲・編曲のすべてを本人が手がけているだけあって、メロディと言葉、そしてサウンドの三者が一つの意思で貫かれている[1]。宇多田の楽曲は、耳あたりの良いメロディの裏側で、リズムやコードの運びが緻密に設計されていることが多い。この曲も、ふわりと聴こえる旋律の下に、決して単純ではない構成が隠れている。
特に印象的なのは、サビでの声の抜け方である。抑制のきいたAメロから、サビでふっと視界が開けるように声が伸びていく。その伸びは、力で押し切る種類のものではなく、むしろ空気に溶けていくような軽さを持っている。エヴァンゲリオンという作品が持つ緊張感や重さを思うと、この曲のサウンドはあえて力みを削ぎ落としているようにも聴こえる。世界がどれほど揺れていても、歌う声そのものは静かで、澄んでいる。この対比が、映画のテーマソングとしての強度を生んでいるのだろう。イヤホンで聴くと、幾重にも重ねられたコーラスや、細やかに配置された電子音の一つ一つが、大きな世界の中に立つ小さな存在の輪郭を描き出しているように感じられる。
世界の終わりの隣で、「そばにいたい」と願う言葉
歌詞をそのまま引用することはしないが、その構造について考えてみたい。この曲のタイトルは「Beautiful World」、美しい世界である。しかし歌詞が描くのは、単純に美しく平穏な世界ではない。むしろ、いつ壊れてもおかしくないような危うさをはらんだ世界の中で、それでもなお相手のそばにいたいと願う、その一点に言葉が集約されていく[6]。エヴァンゲリオンという作品が、しばしば世界の終末や、人と人とが分かり合えないことの痛みを描いてきたことを思えば、このテーマソングが「そばにいたい」という願いを中心に据えたことには、深い必然があるように思う[3]。
この歌の視点は、決して神の目線から世界全体を見下ろすものではない。あくまで一人の人間として、目の前の相手との距離を測り、その距離を縮めたいと願う地上の視点だ。世界がどう終わるのか、なぜ人はすれ違うのか、そうした大きな問いには答えを出さない。その代わりに、たった一人の相手への祈りだけを、最後まで手放さない。壮大な物語を背負いながら、歌が立っている場所は驚くほど個人的で、身近だ。この「大きな世界の中の、小さな願い」という構造こそが、この歌詞を主視点に選んだ理由である。
宇多田ヒカルは当初、エヴァンゲリオンをリアルタイムでは観ていなかったが、周囲の勧めで作品にのめり込み、短期間でテレビシリーズを一気に観たというエピソードが伝えられている[1]。作品の世界に自ら深く潜り込んだうえで、あえてスケールを広げるのではなく、一人の願いへと収斂させていったこと。そこに、この曲がエヴァのファンだけでなく、作品を知らない人の心にも届いてきた理由があるのだと思う。年月を経て聴き返すと、この歌は「誰かのそばにいたい」という当たり前の願いが、実はどれほど得がたく尊いものかを、静かに思い出させてくれる。
鶴巻和哉が描いた、映像と歌の距離感
今回確認した公式ミュージックビデオは、「Rebuild of Evangelion」の共同監督である鶴巻和哉が監督したもので、2014年に制作された[4][5]。2007年の劇場公開時に庵野秀明が手がけた最初の映像とは別のバージョンであり、宇多田本人が歌う姿を映すのではなく、エヴァンゲリオンの映像世界を軸に構成されている点が特徴だ[4]。歌う人の顔ではなく、作品の情景が流れていくことで、歌そのものが物語の一部に溶け込んでいくような感覚が生まれる。
この映像が優れているのは、アニメーションの持つスケールと、歌が抱える個人的な願いとを、無理なく共存させている点だと感じる。エヴァの映像は、時に激しく、時に静謐で、世界の危うさをそのまま映し出す。その画面の上に「そばにいたい」という宇多田の声が重なるとき、大きな世界と小さな願いが一つの画の中で出会う。監督が作品世界を熟知した鶴巻和哉であるからこそ、映像と歌のどちらも殺すことなく、両者の距離感を丁寧に測ることができたのだろう。歌詞の持つ「大きな世界の中の小さな祈り」という構造を、映像の側からもう一度なぞってみせた、そういう仕事だと思う。MVの評価を高くしたのはこのためだが、それでもこの記事の主役を歌詞に据えたのは、映像がなくとも歌詞だけで完結する強さが、この曲にはあるからだ。
年を重ねてから聴く、「そばにいたい」の重さ
宇多田ヒカルという歌い手は、デビュー以来、恋愛の甘さや切なさだけでなく、その根っこにある「誰かとつながっていたい」という普遍的な願いを歌にしてきた。「Beautiful World」は、エヴァンゲリオンという壮大な物語を借りながら、その資質が最も澄んだ形で結晶した一曲だと言えるだろう[1][3]。リリースから長い年月が経っても、この曲が繰り返し聴かれ続けているのは、時代や作品を超えて、「そばにいたい」という願いが誰の胸にも残り続けているからだと思う。
ここで少し、私自身の話をしたい。私は磐田市で介護と不動産の仕事をしているが、東京で働いていた若い頃は、世界はもっと広く、自分はどこへでも行けるような気がしていた。大きな夢や遠い場所にばかり目が向いて、隣にいる人のことは、いて当たり前のように思っていたところがある。磐田に戻り、介護の現場で高齢の方々と接するようになってから、その感覚は少しずつ変わっていった。長く連れ添った伴侶を見送った方が、遠くを見つめながら「ただ、そばにいてくれるだけでよかった」と静かに漏らすのを、何度も聞いてきた。実家を整理する仕事の中でも、豪華な品ではなく、二人で並んで座っていた古い椅子や、寄せ書きの入った小さな色紙に、家族の願いが宿っていることがある。世界がどう変わっていくかよりも、誰かがすぐ隣にいてくれること。「Beautiful World」が最後まで手放さなかったその願いの重さを、私はこの仕事を通してようやく理解できるようになった気がする。
「Beautiful World」は、世界の終わりという大きな題材を背負いながら、実際に歌っているのは、たった一人の相手への祈りだけだ。だからこそ、エヴァンゲリオンを知らない人の胸にも、静かに届いていく。派手な言葉を使わず、大きな問いには答えを出さず、ただ「そばにいたい」という一点だけを守り抜く。そういう歌は、そう多くない。世界がどんなにうつくしくても、あるいは危うくても、その隣に誰がいるかで、暮らしの意味は変わってくる。この曲は、そのことをそっと思い出させてくれる。
参考リンク
- [1] Beautiful World/Kiss & Cry - Wikipedia
- [2] DISCOGRAPHY | HIKARU UTADA OFFICIAL WEBSITE
- [3] 宇多田ヒカル『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』主題歌が今胸に響く理由 - Real Sound
- [4] Beautiful World (Hikaru Utada song) - Wikipedia
- [5] Utada Hikaru「Beautiful World」 Directed by Tsurumaki Kazuya - YouTube
- [6] 宇多田ヒカル Beautiful World 歌詞 - 歌ネット
世界がどれほど広くても、その隣に誰がいるかで暮らしの意味が変わっていくように、家や土地にもまた、誰かと過ごした時間が静かに残っています。
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