車を運転しながらどんな音楽を聴きたいか。Vaundyは「Tokimeki」を作るとき、その問いから発想を始めたと語っている[2]。トヨタの新型車「カローラ クロス」のCMソングとして書き下ろされたこの曲は、作詞・作曲・編曲のすべてをVaundy自身が手がけ、2021年9月22日にデジタルリリースされた[1][3][6]。当時のVaundyは、前年に配信された1stアルバム『strobo』収録曲「怪獣の花唄」が2021年の年始頃からようやく聴かれ始めた時期にあり、Billboard JAPANのストリーミングチャートに初めて登場したのも同年1月のことだったと伝えられている[7]。つまり「Tokimeki」が世に出た9月は、Vaundyという名前が広く浸透し始めてから、まだそれほど時間が経っていない段階だった。それでも自動車メーカーという大きな企業のCM曲を任されたという事実は、この作り手が早い段階から評価されていたことを物語っている。運転中に聴きたい音楽という、きわめて実用的な問いから出発しながら、出来上がった曲は疾走感と落ち着きを同時に鳴らす、聴き応えのある一曲になった。
運転する人のために設計された曲
「Tokimeki」の制作にあたって、Vaundyはトヨタ「カローラ クロス」のCM映像を見た上で、車を運転しながらどんな音楽を聴きたいかを考えたと明かしている[2]。「最初に考えたのは、車に乗っている時にどんな曲を聴きたいかな、ということでした」というコメントの通り、疾走感がありながらも落ち着きを兼ね備えたナンバーを作ろうとした結果、生まれたのがこの曲だったようだ[2]。運転という行為は、絶えず前へ進みながらも、集中と余裕のバランスを保ち続けなければならない時間である。急かされるようなテンポでは危うく、かといって単調すぎれば眠気を誘ってしまう。「Tokimeki」を聴いていると、そのちょうど中間の速度感を、意図して探り当てているように聴こえてくる。リズムは軽やかに前へ前へと進みながらも、メロディの跳ね方や声の抑揚には、どこか一呼吸置くような余白が感じられる。走り続けることと、立ち止まらずに息をつくこと。その両立を音の設計そのもので試みているように思えてならない。Vaundyはさらに「一人で聴くより、みんなで聴くとより楽しくなる曲にしたかった」とも語っており[2]、個人的な感傷に閉じるのではなく、誰かと共有する時間のための音楽として意図的に作られていることがうかがえる。曲はその後、NTTドコモが2023年に公開したウェブムービー「青春ビンゴ」や、アサヒビール「ドライクリスタル」のCMソングとしても起用されており[4][5]、車の中に限らず、さまざまな場面の移動や節目に寄り添う曲として使われ続けてきたことがうかがえる。
興味深いのは、この曲が「運転しながら聴きたい音楽」という、極めて具体的で機能的な発想から生まれている点である。多くの楽曲が心情や情景の表現から出発するのに対し、「Tokimeki」はまず「どんな場面で、どう使われる音楽か」という実用の側から設計されているように聴こえる。にもかかわらず、聴いていて機能性だけの曲だという印象は受けない。むしろ、目的に忠実であろうとしたことが、結果的に曲の輪郭をくっきりとさせているように感じる。タイトルの「Tokimeki」という言葉自体、単なる恋愛感情を指すのではなく、何かが動き出す瞬間の高揚感を表しているようにも聴こえ、車が発進する瞬間の感覚と重なって響いてくる。CMソングという枠の中で、聴き手の行動に寄り添うことを最優先にしながら、それでも作家性を失わずに仕上げているところに、この曲の巧みさがあるのだと思う。企業のCMという枠組みは、作り手にとって決して自由度の高い仕事ではないはずだ。伝えたい商品のイメージ、想定される視聴者層、放送時間の制約。数え切れない条件の中で、それでも聴き手の心に残る音を作り出す。そういう制約の多い依頼仕事にこそ、作り手の本当の実力が表れるのではないかと感じる。
まだ大きくは知られていなかった時期に
この曲がリリースされた2021年9月という時期を振り返ると、Vaundyの歩みの中でも興味深い位置にある。1stアルバム『strobo』からの先行曲だった「怪獣の花唄」は、2020年5月11日の配信当初はあまり大きな注目を集めなかったとされ、翌2021年の年始頃になってようやく聴かれ始め、同年1月27日にBillboard JAPANのストリーミングチャートに初めて登場したと伝えられている[7]。「Tokimeki」が世に出た9月は、Vaundyという名前が広く浸透し始めてから、まだそれほど時間が経っていない段階だったことになる。それでもBillboard Japan Hot 100の集計によれば、「Tokimeki」は2021年9月29日公開のチャートで初登場74位を記録した翌週には35位まで順位を上げたと報じられている[8]。派手な初動というより、じわじわと聴かれる範囲を広げていった軌跡だったようだ。その後も長く聴かれ続け、2023年10月4日時点でストリーミング累計再生数が1億回を突破したことがBillboard JAPANで報じられている[5]。まだ大きな実績が積み上がっていない時期に任された仕事を、時間をかけてじわじわと結果につなげていく。そういう歩み方を、この曲の軌跡そのものが体現しているように感じる。
音の作り自体にも、まだ荒削りな部分を残しながら、既に完成された美意識が同居しているように聴こえる。疾走感を担うリズムの部分は勢いに任せて突き進むのではなく、拍の置き方が丁寧に整理されているように感じられ、そこに落ち着きを添えているのはメロディの跳躍そのものというより、声の乗せ方の余裕なのではないかと思う。派手な仕掛けで耳を引くのではなく、走りながらも聴き手に息継ぎの場所をきちんと用意している。そうした抑制の効いた作り方は、後年のVaundyの楽曲にも通じる特徴のひとつのように感じるが、それがまだ大きな実績のなかったこの時期から既に鳴らされていたという事実に、あらためて驚かされる。曲は2021年発表のアルバム『replica』にも収録されており、単発のタイアップ曲として消費されるのではなく、Vaundyの作品世界の中に位置づけられた一曲として残されている。
言葉の輪郭と、「ときめき」というタイトルの選び方
この曲の歌詞に丸ごと触れることはしないが、そのかわりに「Tokimeki」という言葉そのものの選び方について考えてみたい。タイトルをひらがなでもなく漢字でもなく、ローマ字表記の「Tokimeki」としたことには、聴き手に対してどこか国境や世代を超えた普遍性を持たせたいという意図があったのではないかと想像したくなる。歌詞に描かれているのは、恋愛の駆け引きというより、何かが動き出す瞬間に生まれる高揚感そのものだ[6]。目に映る景色が輝いて見える瞬間、涙を流しながらでも笑っていられる瞬間。そうした感情の断片が、難解な比喩を挟まずに、まっすぐな言葉で並べられている。この直接性は、CMソングという形式との相性の良さでもある。何度もテレビで流れる短い時間の中で、聴き手の感情に一直線に届く言葉が求められるからだ。一方で、この歌詞は聴くたびに新しい解釈が生まれるタイプの奥行きを狙ったものではない。むしろ、誰が聴いても同じ方向を向ける分かりやすさを選んでいるように感じられる。それは弱点というより、この曲が果たすべき役割に対する誠実な選択だったのだろう。運転中に聴く音楽として、複雑な物語を追わせるより、まっすぐな高揚感を届けることの方が、機能として正しい。歌詞の強さよりも、その言葉がリズムに乗ったときの疾走感の方が、この曲では優先されているように聴こえる。
「オズの魔法使い」を経由したMVが見せるもの
「Tokimeki」の公式ミュージックビデオは2023年3月30日に公開された[4]。楽曲のリリースから1年半近くを経てのことで、NTTドコモの「青春ビンゴ」ムービーでの起用を機に制作されたものだったようだ[4]。監督を務めたのは「真夜中乙女戦争」なども手がける二宮健で、映像は「オズの魔法使い」をオマージュしたポップでカラフルな世界観として構成されている[4]。主演には香港生まれのモデル・女優であるアンジェラ・ユンが起用され、その可愛らしいダンスと豊かな表情が作品を彩っている[4]。ダンスバトルのような物語構成は、曲が持つ疾走感と高揚感を、視覚的にもまっすぐ翻訳しているように見える。原色に近い鮮やかな色使い、テンポよく切り替わるカット割りは、運転中に聴くための曲という出発点とは別の角度から、この曲の「前に進む力」を映像で語り直しているように感じられる。ただし、このMVは曲のリリースからかなり時間が経ってから公開されたものであり、楽曲そのものの成り立ちや制作背景と直接結びついた物語ではない。むしろ、時間を経てヒットソングとなった曲に、後から別の角度の魅力を足すための企画という色合いが強い。映像としての完成度は高く、曲の高揚感をよく補強しているが、曲そのものが持つ「機能から生まれた普遍性」という核の強さと比べると、主視点として選ぶにはもう一段の必然性がほしいというのが正直な感想である。
東京で、移動時間だけが自分の時間だった
東京で働いていた頃、一日のうちで唯一、誰にも急かされずに過ごせるのが移動の時間だった。電車に揺られている間、あるいは車を運転している間だけは、会議も締め切りも一旦脇に置かれる。とはいえその移動時間にも、次の予定への焦りは常に付きまとっていた。完全にくつろぐわけにはいかないけれど、かといって気を張り詰めたままでもいられない。ちょうど「Tokimeki」が鳴らす疾走感と落ち着きの間のような感覚で、あの頃の移動時間を過ごしていたように思う。当時はまだこの曲を知らなかったが、もし知っていたら、通勤の車内やタクシーの中でよく聴いていただろうと想像する。目的地に向かって進んでいるという事実だけが確かで、その途中の時間をどう過ごすかは、自分次第だった。あの頃の自分にとって、移動時間は仕事と仕事の隙間ではなく、数少ない自分だけの時間でもあったのだと、今振り返ると気づく。
磐田で、車の中で考える仕事
磐田に戻って家や土地の相談を受ける仕事をするようになってから、車を運転する時間はさらに増えた。現地を見に行く道中、次の面談までの合間、あるいは一日の仕事を終えて家に帰る道すがら。土地というものは、書類の上だけでは分からないことが多く、実際にその場に立ち、周囲を車で回ってみて初めて見えてくることがある。そうした移動の途中で、ふと「Tokimeki」のような曲が流れてくると、目的地への焦りが少しだけ和らぐ。まだ結果の出ていない案件を抱えて車を走らせているとき、この曲がまだ大きな実績のなかった時期に生まれ、それでも高く評価され、時間をかけて多くの人に聴かれるようになっていったという経緯を思い出すと、今取り組んでいる仕事もいつか同じように形になるのではないかという、静かな支えを感じることがある。磐田という土地は、車がなければ生活が成り立たない場所だ。駅前の一角を除けば、買い物も通院も送り迎えも、たいてい車での移動が前提になっている。だからこそ、この土地で暮らす人にとって、車の中というのは意外なほど濃密な時間になる。仕事の相談を終えた帰り道、頭の中でまだ案件のことを考えながらハンドルを握っていることも少なくない。そんな時、疾走感と落ち着きを併せ持つ「Tokimeki」のような曲が流れてくると、思考を止めるでもなく、かといって急かすでもなく、ちょうどよい速度で気持ちを前に運んでくれる。運転しながら聴きたい音楽を考えるという、Vaundyがこの曲に込めた出発点は、車移動が暮らしの基盤になっているこの土地においてこそ、いっそう腑に落ちるものとして響いてくる。まだ大きな実績のなかった時期に生まれたこの曲が、何年も経った今も色褪せずに聴かれ続けていることを思うと、目の前の仕事にも同じことが言えるのではないかと感じる。一件一件の相談は、その時点では小さな出来事に過ぎないかもしれない。それでも丁寧に向き合い続けていれば、いつか誰かの記憶の中で、思いがけず長く残るものになっていく。運転席でこの曲を聴くたびに、そうした遠い先を見据える気持ちを、静かに取り戻させてもらっている気がする。
参考リンク
- [1] Vaundy、トヨタ"カローラ クロス"新CMに新曲「Tokimeki」を書き下ろし - Skream!
- [2] Vaundy、トヨタCMに新曲「Tokimeki」を書き下ろし「最初に考えたのは…」 - マイナビニュース
- [3] "Tokimeki" to be released on September 22nd, chosen as CM song for new Corolla Cross - Vaundy Official Website
- [4] Vaundy、"ドコモ青春割 祝卒業ムービー"に起用の人気楽曲「Tokimeki」MV公開 - Skream!
- [5] Vaundy「Tokimeki」ストリーミング累計1億回再生突破 - Billboard JAPAN
- [6] Tokimeki - Wikipedia
- [7] 怪獣の花唄 - Wikipedia
- [8] Vaundy新曲「Tokimeki」疾走感と落ち着きを両立したナンバー、トヨタ新型車CM曲 - ファッションプレス
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