ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://youtu.be/xFoTFCHU70s
確認した動画: 世界の秘密 / Vaundy:MUSIC VIDEO(Vaundy公式)

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:この曲は歌詞のテーマ性も、林響太朗監督による公式MVの完成度も高い。ただ、それらを支えているのは、BPMを抑えたミディアムスローのテンポと、声を張り上げないボーカルという「曲そのものの設計」である。派手なサビも大きな転調もないのに、公開から1年半ほどでストリーミング累計1億回を超え[3]、複数のCM・ドラマ主題歌に起用されて何度も生活の中に呼び戻された[4]という事実は、曲の骨格そのものが持つ強さの証明だと考える。歌詞やMVは曲の説得力を補強しているが、まず主視点に置くべきは、この曲を成立させている音の設計そのものだと判断した。

外に出られない時期があった。予定が消え、会う約束が消え、代わりに家の中の時間だけが増えていった。あの頃、静かな部屋でラジオから流れてきた曲の一つに「世界の秘密」があった。テンポが速いわけでも、サビで声を張り上げるわけでもない。むしろ抑えた声で、ゆっくりと歩くように進んでいく曲だったと記憶している。後で知ったことだが、Vaundy自身が「みんなが外に出られなくなって悲しいことばかり考えている時に作った」と語っていたそうで、あの時期の空気がそのまま音になっていたのだと、今になって腑に落ちるところがある。あの頃は東京で一人暮らしをしていて、仕事も家庭の事情も、思うようにいかないことが重なっていた。人に会えない代わりに、自分の内側にあるものとだけ向き合う時間が長くなった。そうしているうちに、それまで気づかずに済んでいたことに、いくつも気づいてしまった。世の中の仕組みのことも、家族の間にずっと横たわっていた本音のことも。知らない方がよかったのかもしれないと思うこともあったが、それでも日々は続いていく。朝が来て、仕事があって、誰かと連絡を取って、また夜になる。その繰り返しの中に、気づいてしまったことをどう置いていくかという問題が、静かに残り続けていた。「世界の秘密」という曲は、そういう気づきと、その後にも変わらず続く生活とを、静かなテンポの中で同時に鳴らしているように聴こえる。声高に警鐘を鳴らす曲でも、無理に前を向かせようとする曲でもない。ただ、気づいてしまった人間がそれでも歩き続けるための、低い体温の伴走曲のように感じられる。

自粛期間の部屋で生まれた曲

「世界の秘密」は2020年12月27日に配信限定シングルとしてリリースされた。アルバム『strobo』以来のリリースで、配信シングルとしては8ヶ月ぶりの新曲だったとされる(Wikipedia「世界の秘密(Vaundyの曲)」)。作詞・作曲・編曲のすべてをVaundy自身が手がけている。制作の背景について、Vaundyは「みんなが外に出られなくなって悲しいことばかり考えている時に作った」という趣旨のコメントを残しているという(カルチャ[Cal-cha]記事より)。2020年という年は、多くの人にとって、外の予定より家の中の時間の方が長くなった年だった。私自身、東京で過ごしていたその時期の記憶は、どこか輪郭がぼやけている。予定が飛び、人と会う機会が減り、代わりに部屋の中で考え込む時間ばかりが増えた。あの停滞した時間の質感が、この曲のどこか間延びしたような、けれど心地よいテンポに重なって聴こえる。制作の現場に一人で向き合っていたであろうVaundyの姿を想像すると、あの時期に部屋で一人、パソコンや楽器の前に座っていた自分自身の姿とも、どこか重なるところがある。誰かに会って発散することができない分、考えは内側へ内側へと沈んでいく。その沈んでいく感覚を、暗く重い曲にせず、むしろ穏やかで温かい質感の音に変えて外に出したところに、この曲の作り手としての姿勢が表れているように思う。悲しいことばかり考えていた時期に、悲しい曲ではなく、静かに寄り添う曲を作ったという事実そのものが、一つの答えだったのかもしれない。あの頃、東京の部屋の窓から見える景色は変わらないのに、外に出られないというだけで、街全体が遠く感じられた。仕事は在宅に切り替わり、画面越しに人と話すことが増え、それまで当たり前だった移動や雑談の時間がすっぽりと抜け落ちた。空いた時間の分だけ、考えなくてもよかったことまで考えるようになった。実家のこと、将来のこと、自分がこの先どこで生きていくのかということ。「世界の秘密」がラジオから流れてくるたびに、そういう内向きな時間の質感を思い出す。曲自体は重くならず、むしろ聴き終えた後にわずかな余白を残してくれる。その余白の分だけ、こちらの考えごとに付き合ってくれているような気がしていた。

1億回という数字より、届き方

Billboard JAPANのDaily Newsによれば、「世界の秘密」は2022年5月にストリーミング累計再生回数が1億回を突破し、Vaundyにとって「不可幸力」「napori」「怪獣の花唄」「東京フラッシュ」に続く自身5曲目の1億回超え作品になったと伝えられる。Billboard Japan Hot 100では2021年1月13日付で61位に初登場し、ストリーミングチャートでは同年3月に51位まで上昇したという(Wikipedia)。派手な首位獲得の記録ではない。じわじわと、時間をかけて多くの人の生活の中に入り込んでいった曲、という方が実感に近い気がする。実際、この曲は2021年だけで大学生向けSNS「Dtto」のアプリ公開記念動画のテーマソング、WOWOWドラマ『ショートショート劇場「こころのフフフ」』のオープニングテーマ、マルハニチロのCMソングと、複数のタイアップに起用されている(arai no HIKIDASHIのタイアップまとめ記事など)。一度で終わる曲ではなく、繰り返し人の生活の背景に流れ続けた曲だったのだろう。数字の大きさよりも、そういう「何度も呼び戻される」性質の方が、この曲の実像に近いように思う。ミュージックビデオは林響太朗氏が監督したとされ、公開から4ヶ月で再生回数が500万回を超えたと伝えられている(Wikipedia)。初登場から数ヶ月かけて順位を上げていくチャートの動き方も、CMやドラマを通じて何度も日常に呼び戻される聴かれ方も、どちらも「一瞬で消費されて終わる曲」とは違う時間の流れ方をしている。発表からすでに数年が経った今も、こうして記事の題材として選ばれること自体が、この曲がまだ生きて聴かれ続けている証だと思う。ドラマの主題歌やCMソングという形は、能動的に検索して辿り着く聴き方とは違う。テレビをつけていたら流れてきた、動画を見ていたら耳に入ってきた、というような、受け身の出会い方をした人も多かったのではないかと想像する。そういう偶然の出会いを何度も積み重ねた結果としての1億回という数字は、瞬発力のヒットとは違う、生活に染み込んでいくタイプの広がり方を物語っているように感じられる。

抑えた声とゆっくりしたテンポが持つ意味

音楽的な資料を見ると、この曲はBPM80前後、4/4拍子のミディアムスロー、AメロBメロサビという整った構成を持ち、コード進行にはA、Bm7、E、F#m、DM7、C#m7といったコードが使われているという(音楽分析サイトの記述による)。派手な転調や高音の連発があるわけではなく、Vaundyのハスキーな声質を活かした抑制的な歌い方が続く。この抑えた音域の選び方は、曲のテーマとも呼応しているように聴こえる。何かに気づいてしまった時、人はたいてい大声を出さない。むしろ声を落として、静かに事実を確かめるような話し方になる。この曲のボーカルの温度は、まさにそういう「気づいた後の声」に近いのではないかと感じる。サビでも極端に盛り上がりきらず、抑制を保ったまま進んでいく構成が、聴く側の生活のテンポを乱さない。だからこそ、CMやドラマの主題歌として、日常の隙間に自然に溶け込めたのではないかと思う。BPM80という速さは、走るには遅く、立ち止まるには少し速い、ちょうど人が普段歩く速度に近いのではないかと感じる。何かに追い立てられるような曲ではなく、いつもの生活の歩調を保ったまま、隣を並んで歩いてくれるような曲だと言えるかもしれない。コード進行にも極端に不安定な響きは見当たらず、むしろ聴き慣れたポップスの語法の範囲に収まっている印象を受ける。奇をてらわない構成でありながら聴き飽きない理由は、Vaundyの声そのものが持つざらついた質感と、抑制された歌い方の緊張感にあるのではないかと考えている。編曲もVaundy自身が手がけているというが、楽器の音数を欲張らず、声の輪郭がはっきりと聴こえる作りになっている印象がある。楽曲の情報量を絞ることで、聴き手が自分の状況をその隙間に重ねやすくなっているのではないだろうか。大きな音の壁で感情を押し流すのではなく、静かな伴奏の上に声だけを置いていくような作り方は、この曲が扱っているテーマ、つまり気づいてしまった後の、慎重な心の動き方とも重なって聴こえる。

磐田で、気づいた後も続く仕事

磐田に戻ってから、家や土地の相談を受ける仕事をしている。相続の話、空き家の話、家族の間で長年言葉にされてこなかった事情。そういうものに触れるたび、東京にいた頃と同じように、知らなくてもよかったかもしれないことに気づいてしまう瞬間がある。それでも、気づいた後にどう振る舞うかの方が、結局は仕事の中身を決めている。土地には土地の歴史があり、家には家の事情がある。すべてを知った上で、それでも淡々と次の手続きに進む。そうした静かな仕事の続け方は、この曲の抑えたテンポとどこか響き合う。派手に感情を発散させるのではなく、気づいたことを一度飲み込んで、それでも日々の仕事や生活を続けていく。「世界の秘密」というタイトルの曲が、コロナ禍という特殊な時期に生まれながら、その後も長く聴かれ続けている理由の一つは、そういう「気づいた後も、生活は続く」という当たり前の事実を、静かな声で肯定してくれるところにあるのかもしれない。相談に来る人の中には、事情を知った後の自分の顔を、こちらに見せないようにしている人もいる。その静けさは、この曲のボーカルの抑え方とよく似ている。感情を隠しているのではなく、感情を抱えたまま、次の一歩を選ぼうとしている静けさだ。家族と過ごす磐田の時間の中で、この曲を思い出すことがある。何も解決していなくても、夕方の空はちゃんと暮れていく。土地の手続きが一つ終わっても、また次の家族の事情が待っている。それでも、その繰り返しの中に、静かな充実がある。そのことを、この曲は教えてくれるように思う。東京にいた頃は、気づいてしまったことを一人で抱え込む時間が長かった。磐田に戻ってからは、その分だけ家族と過ごす時間が増え、抱えたものを完全に一人きりで背負わなくてよくなった。それでも秘密が消えるわけではない。土地の来歴も、家族の間の複雑な感情も、簡単に解決できるものではないことが多い。だからこそ、解決していない状態のままで日々を回していく力が要る。「世界の秘密」を聴くと、そういう「未解決のまま前に進む」という選択そのものが、決して後ろ向きではないのだと、静かに背中を押されるような感覚になる。曲が鳴り終わった後も、生活は普段どおりに続いていく。その当たり前の連続の中にこそ、この曲がずっと聴かれ続けている理由があるのではないかと思う。夕方、事務所から家に戻る道すがら、この曲がふと頭の中で鳴ることがある。特別な感傷があるわけではない。ただ、今日もいくつかの秘密に触れ、いくつかの判断をし、それでも夕食の支度は普段どおり待っている、という感覚そのものが、この曲の温度と近いのだと思う。気づくことをやめられない性分と、それでも生活を投げ出さない姿勢は、たぶん一生セットのままで自分の中にあり続けるのだろう。

参考リンク