ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=-tYi4cNhQZw
確認した動画: 矢島美容室 / ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-(投稿チャンネルは認証バッジ付きの「avex」公式チャンネル=レーベル公式であることを確認。アーティスト本人運営の専用チャンネルではないが、レーベル公式配信であるため公式性は高いと判断)

2008年の秋、テレビをつけているとふいに流れてきて、意味はよくわからないのに口ずさめてしまう曲があった。「ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-」も、私にとってはそういう曲だった。ロッテの新作ガム「SPLASH」のCMで、変な発音の日本語を話す女性たちが踊っている。最初は「なんだこれは」としか思わなかった。けれど数日後、電車の中で頭の中に勝手にあのメロディが流れてきて、自分でも驚いた記憶がある。当時の私は東京で働いていて、毎日の情報量に追われながら、それでも耳に残るものは残る、ということをこの曲で実感した。狙って好きになったわけではない。気づいたら覚えていた。CMソングというのは、そういう不意打ちの覚え方をする音楽なのだと思う。

大石セレクション:曲がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:この曲は、笑いを起点にしたキャラクターソングでありながら、サビの反復とテンポの設計が非常に緻密で、一度聴くと勝手に頭の中で再生され続けるだけの「曲としての強さ」を持っている。歌詞は言葉遊びとキャラクター設定の面白さが軸で、聴くたびに解釈が深まるタイプの余白はそれほど多くない。MVも同様に、キャラクターの世界観を伝える力は強いが、映像表現そのものの深さよりもコンセプトの提示に主眼がある。曲とMVは僅差だったが、音だけで聴いても、CM抜きでも口ずさめてしまうメロディの中毒性のほうを、この曲の一番の魅力として取り上げたいと考え、主視点を「曲がいい」とした。

フジテレビの企画から生まれた、もう一つの矢島

矢島美容室というユニットは、フジテレビ系『とんねるずのみなさんのおかげでした』の企画から生まれたグループだ。もともとは、番組の人気コント「ロックンロール最高物語」に登場するバンド「矢島工務店」を見たDJ OZMAが影響を受けてバンドを始めたと告白したことがきっかけで、とんねるずとDJ OZMAが意気投合し、「矢島工務店の現代版をやろう」という話に発展したと伝えられている。ただし、その後の記者会見では、とんねるずの2人とDJ OZMAという個性の強い3人が音楽で一緒に活動するのは難しいという判断から、当初の構想は変更され、代わりに「海外から来た女性3人組ユニット」を、とんねるずとDJ OZMAがプロデュースするという形に落ち着いたという経緯が語られている[1][2]。つまり矢島美容室は、テレビの笑いの文脈から生まれつつも、きちんとavex traxからCDを出す音楽ユニットとして設計された、少し不思議な存在なのだ。メンバーは、母親役の「マーガレット・カメリア・ヤジマ」(木梨憲武)、長女役の「ナオミ・カメリア・ヤジマ」(DJ OZMA)、次女役の「ストロベリー・カメリア・ヤジマ」(石橋貴明)という設定で構成され、失踪した日本人美容師を探して来日した、という物語仕立てのキャラクターを演じている[2]。お笑いのフォーマットの中から本気の音楽ユニットを立ち上げるという発想自体が、当時としてはかなり挑戦的だったのではないかと思う。

ロッテ「SPLASH」と共に広まった、耳に残る一曲

「ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-」は、矢島美容室の1stシングルとして2008年10月29日にavex traxからリリースされた。作詞はエンドウサツヲ(遠藤察男)名義、作曲はDJ OZMA、編曲は日比野裕史・荒木陽太郎が手がけている[3]。この曲は、ロッテが発売した新商品のチューインガム「SPLASH」のCMソングとしてタイアップし、メンバー本人たちもCMに出演した[3]。テレビから流れてくる曲というのは不思議なもので、狙って聴きに行ったわけではないのに、生活の一部として耳に馴染んでしまう。オリコンの週間シングルランキングでは最高3位を記録し、月間チャートでも2008年11月度に6位、2009年1月度にも10位に入るなど、一過性のブームで終わらない息の長い売れ方をしたことが分かっている[3]。年間チャートでも2008年度75位、2009年度上半期58位と、リリースから半年以上経ってもチャートに残り続けた記録がある[3]。ネタ曲、キャラクターソングという枠組みで語られがちな一曲だが、実際の数字を見ると、CMの力だけでは説明のつかない、曲そのものへの支持があったことがうかがえる。

笑いの中にある、メロディの緻密さ

この曲を「曲がいい」の主視点で選んだ理由は、笑いを起点にしたコミカルな曲でありながら、メロディとテンポの設計が非常に丁寧だと感じるからだ。イントロから、たどたどしい発音のフレーズが繰り返し提示され、聴き手を一気にこの曲の「世界のルール」に引き込む。サビに入ると、言葉のリズムとメロディの跳躍がぴたりと噛み合い、一度聴いただけで口ずさめてしまうくらいの明快さがある。これは決して簡単なことではない。ふざけた曲に聴こえるものほど、実は緻密な設計がないと記憶に残らずに流れて消えてしまう。DJ OZMAが作曲を手がけているだけあって、パーティーチューン的な高揚感と、キャッチーなフックの置き所を熟知した曲作りになっていると感じる。間奏やブレイクの入れ方にもメリハリがあり、曲全体を通して「次はどうなるんだろう」という期待を切らさない。歌詞の意味がわからなくても、リズムだけで体が動いてしまう。それがこの曲の一番の強さだと思う。ふざけているようでいて、ふざけ切るための技術は本気だった、という印象を受ける一曲だ。

一方で、この曲を単なる「面白い曲」として片付けてしまうのは、少しもったいない気もしている。当時、CMやテレビから流れてくる音楽は、今よりもずっと生活と地続きの場所にあった。ネタ曲であっても、それが茶の間で繰り返し流れることで、いつのまにか多くの人の記憶の一部になっていく。笑いを起点にした音楽が、結果として一つの時代の空気を記録してしまう。そういう意味で、この曲は単なる冗談以上の役割を、当時のポップカルチャーの中で果たしていたのではないかと思う。

片言の日本語が描く、外から見た「ニホン」という眼差し

歌詞をそのまま書き写すことはしないが、その構造については触れておきたい。「ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-」というタイトルからも分かる通り、この曲は「海外から来た人物が、たどたどしい日本語で日本や日本人について語る」という視点で書かれている。片言の発音、噛み合わない言い回し、それでも一生懸命に何かを伝えようとする言葉選びが、コミカルさと同時に、どこか愛嬌のある温かさを生んでいる。外国人が見た日本というテーマは、ともすれば安易なステレオタイプの羅列になりがちだが、この曲の場合は「ネバダから来た」という架空の設定に振り切ることで、現実の誰かを揶揄する笑いではなく、キャラクターとしての誇張として成立させている。歌詞の中には、日本的な習慣や言い回しを外側の視点でとらえ直すような言葉が並んでいるようで、聴く側は「自分がいつも当たり前だと思っていること」を、少し離れた場所から見つめ直す感覚を味わうことになる。深い人生の機微を描いた歌詞ではないけれど、笑いの中に、外から見た日本という視点のユーモアがきちんと仕込まれている。歌詞そのものの余白の深さという点では、他の楽曲に比べて突出しているとは言えないが、キャラクターソングとしての完成度は高く、耳に残るフレーズの作り方には確かな工夫を感じる。

ガムのCMと共に染み込んだ、あの頃の東京の記憶

私がこの曲を覚えているのは、当時働いていた東京のオフィス街の記憶と分かちがたく結びついているからだ。あの頃はまだ、テレビをつければ誰もが同じCMを見て、同じ曲を耳にする時代だった。ガムのCMというのは、特に印象に残りやすい。仕事の合間、コンビニでふとガムを手に取ったとき、頭の中であのメロディが流れた経験がある人は、私だけではないと思う。テレビから流れてきた曲が、いつのまにか生活の一部になり、何年も経ってから、ふとした瞬間に記憶がよみがえる。これは、狙って好きになった音楽とはまったく違う残り方をする。今、磐田で介護や不動産の仕事をしていると、実家の片付けや空き家の整理でご家族の思い出の品を目にすることがある。古いCDや録画したビデオテープの中に、こうした時代のヒット曲やCMソングが残っていることも少なくない。誰かの人生にとって、それは大きな出来事の記録ではないかもしれない。けれど、忙しい日々の中でふと耳に入ってきた曲が、その人の生きた時代の空気を、確かに一枚保存している。ネタ曲、コミカルな曲だからこそ、力の抜けたその時代の日常が、案外そのまま閉じ込められているのかもしれないと、この曲を聴き直しながら思う。

参考リンク

テレビから流れてきた曲が、いつのまにか生活の記憶に染み込んでいくように、家や土地にも、その家族が積み重ねてきた時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。