山下達郎の「さよなら夏の日」は、1991年5月10日に発表された通算21作目のシングルで、同年6月18日発売の10作目のオリジナルアルバム『ARTISAN』からの先行曲でした。発表当時は第一生命保険の企業イメージCMに起用され、テレビの向こうから夏の終わりを告げる曲として茶の間に流れていたといいます。作曲・作詞を手がけた山下達郎自身のインタビューによれば、この曲は高校生の頃、当時の恋人と遊園地のプールに出かけた際に夕立に遭い、雨上がりの空に虹を見たという実体験がもとになっているとされ、本人にとっても愛着の強い一曲だと語られています。夏の終わりを歌う曲は数多くありますが、この曲が特別なのは、眩しかった季節が過ぎ去る寂しさと、次の季節へ静かに移っていく落ち着きが、同じメロディの中に同居している点です。悲しみに沈み込むのではなく、きちんと別れを告げてから前を向く。そうした夏の見送り方を、この曲は教えてくれます。
制作面でもう一つ興味深いのは、この曲が山下達郎にとって、全ての演奏パートを自分ひとりで担当した初めてのシングルだったと伝えられていることです。楽曲の中で聴こえるハンドベルの澄んだ対旋律も、本人の演奏によるものだといいます。一人で音を積み重ねていく作業は、まさに人が一人で過ぎた季節を振り返る作業と似ているのかもしれません。発表から30年の時を経た2021年、アルバム『ARTISAN -30th Anniversary Edition-』のリリースに合わせ、イラストレーターの藍にいなによる全編アニメーションのミュージックビデオが初めて制作されました。長い沈黙のあとに、ようやく映像という形を得たこの曲を聴きながら、時間をかけて価値が見出されていくものについて、あらためて考えさせられます。
ひとりで音を積み重ねた、夏の終わりの記録
『ARTISAN』というアルバムタイトルには「職人」という意味が込められており、山下達郎自身がポップスの職人であろうとする姿勢が反映された一枚だとされています。「さよなら夏の日」はそのアルバムを象徴する曲として長く愛されてきましたが、先行シングルとしての性格上、まずはCMというごく短い時間の中で人々の耳に届いた曲でもありました。15秒か30秒の枠のために選ばれた旋律が、アルバムという長い時間の中に置き直されたとき、初めてその奥行きに気づかれる。この曲の歩みは、そうした順番をたどっているように見えます。オリコンの週間シングルチャートでは12位を記録したと伝えられており、爆発的な大ヒットというより、CMという入り口からじわりと広がっていった曲だったのだろうと想像します。
音楽的な聴きどころとして指摘されることが多いのは、繰り返される同じメロディに、少しずつ違うコードが当てられていく構成です。1番と2番でほぼ同じ旋律をたどりながら、その都度和音の彩りが変わり、終盤に向かうにつれて曲全体の温度がゆっくり上がっていくように聴こえます。特にサビの手前、盛り上がりが最大になる箇所では、夕立の後の雲が急に切れて夕焼けの晴れ間が広がっていく様子を思わせるようなコード運びだと評されることがあります。派手な転調で驚かせるのではなく、聴き手が気づかないうちに景色を塗り替えていくような手つきに、山下達郎という作り手の丁寧さが表れているように感じます。
夕立と虹が教える、記憶の残り方
高校生の頃の、たった一度の夕立と虹の記憶が、数十年後にひとつの曲として結晶し、さらにその曲がまた30年の時を経てアニメーションという新しい形を得る。この曲の来歴をたどると、記憶というものが直線的に薄れていくのではなく、むしろ折に触れて形を変えながら濃さを増していくものなのだと気づかされます。多くの人にとって、夏の記憶は特別な出来事だけで構成されているわけではありません。むしろ、何気ない午後の光や、通り過ぎていった夕立の匂いといった断片の方が、時間が経ってからふいに鮮やかさを増すことがあります。山下達郎が高校生の日の一場面を大切に抱え続け、それを一曲の音楽として結晶させたように、誰の記憶の中にも、いつか形にしたくなる断片が眠っているのかもしれません。
この曲を聴くと、記憶とは所有するものではなく、時々の自分がその都度向き合い直すものなのだと感じます。10代で見た虹は、当人にとってはささやかな出来事だったはずです。それが30代の作曲家の手によって一曲の音楽になり、50代、60代となった今も歌い継がれ、さらに全く別の世代のイラストレーターの解釈を経て新しい映像にまでなる。一つの記憶がここまで長く旅を続けられるのは、それが最初から完成されていたからではなく、その都度、誰かがあらためて手を伸ばしたくなる余白を持っていたからなのだと思います。
自分自身の記憶を振り返っても、当時は大したことのない出来事だと思っていたものほど、時間が経ってから輪郭がはっきりしてくることがあります。忙しさの中で見過ごした東京の夏の一場面や、磐田に戻ってから何気なく眺めた夕暮れの空。そのときは記録に残そうとも思わなかった光景が、この曲を聴くたびに不意によみがえってくる。音楽が記憶の呼び水になるという経験は、多くの人が持っているものだと思いますが、「さよなら夏の日」はその力がとりわけ強い曲だと感じます。
東京で見送った、いくつもの夏
東京で働いていた頃、夏という季節はいつも忙しさの中で過ぎ去っていきました。ある年、大きな仕事が佳境を迎えていた8月、気づけば近所の花火大会の音を、オフィスの窓越しに聞くだけで終わってしまったことがあります。一つの夏をじっくり味わう余裕がないまま、気がつけば次の季節に押し流されている。そんな感覚が何度もありました。「さよなら夏の日」を聴くと、あの頃駆け抜けるように過ぎていった夏たちに、あとから丁寧な別れを告げる時間が与えられるように感じます。曲の中でハンドベルの音が静かに鳴るたび、当時は素通りしてしまった何かを、ようやく拾い直しているような気持ちになります。
都会での生活は、季節の変化に丁寧に向き合う時間を奪いがちです。冷房の効いたオフィスにいれば、外の暑さを実感する機会も減っていきます。それでも、ふとした瞬間に感じる夕方の風の変化や、遠くから聞こえる祭囃子のような音に、過ぎていく季節を意識することがありました。忙しさに追われていたあの頃の東京の夏は、決して悪い記憶ばかりではありません。むしろ、必死に過ごした時間だったからこそ、離れた今になって愛おしく思い出せるのだと思います。当時の自分に、この曲を渡してあげられたら、少しは違う夏の終え方ができただろうかと考えることがあります。
今振り返ると、東京での日々は「区切り」というものをあまり意識せずに過ごしていた時間だったように思います。プロジェクトが終われば次のプロジェクトが始まり、一つの季節が終われば間を置かず次の季節の仕事が押し寄せる。立ち止まって何かにきちんと別れを告げる余裕は、当時の自分にはほとんどありませんでした。「さよなら夏の日」を聴くようになったのは、そういう暮らし方の反動だったのかもしれません。終わったはずの物事に、あとからでも別れの言葉をかけ直すことができる。そう気づかせてくれたのが、この曲だったように思います。
磐田で覚える、季節の節目の作法
磐田に戻ってからは、季節の移り変わりをより身近に感じるようになりました。田んぼの緑が色を変え、山際の空気が澄み、夕方の虫の声が入れ替わっていく。都会にいた頃には見過ごしていた小さな変化が、はっきりと目に入るようになりました。「さよなら夏の日」を聴くと、こうした自然な季節の移ろいと、人の暮らしの節目が重なって聴こえてきます。夕立のあとに虹を見たという高校生の頃の記憶が一つの曲になり、30年後にようやく映像という形を得たように、目の前を通り過ぎていく小さな出来事も、時間を置いてから意味を持ち直すことがあるのだと、この曲は教えてくれます。
家や土地の相談を受ける仕事の中でも、「一つの季節にきちんとさよならを言う」という感覚は大切だと感じます。長く暮らした家を手放す決断、子育てが一段落して夫婦二人の暮らしに戻る節目、親を見送ったあとの新しい生活。どれも、ある季節の終わりであると同時に、次の季節の始まりでもあります。相談に来られる方の中には、家を手放すことに寂しさを感じながらも、どこか静かな納得を見せる方が少なくありません。それは諦めというより、その家がここまで役目を果たしてくれたことへの感謝に近いものだと感じます。「さよなら」という言葉が、悲しみだけでなく次への一歩を含んでいるように、この仕事で出会う別れの多くも、実は次の暮らしへの入り口になっています。
空き家になった実家の片付けに立ち会うとき、家族の方から「もっと早くに向き合うべきだった」という言葉を聞くことがあります。けれど実際には、向き合うべき時期は人それぞれで、急かされて決めた別れよりも、自分の中で納得してから告げる別れの方が、後になって静かな気持ちで振り返れるように見えます。夕立のあとに虹が出るまで、しばらく空を見上げて待つ必要があるように、家や土地との別れにも、それぞれの天候が晴れるまでの時間が必要なのだと思います。
山下達郎がひとりで音を積み重ねてこの曲を作り上げたように、季節や暮らしの節目を整理する作業も、最終的には一人ひとりが自分の速度で向き合うほかありません。相談を受ける立場として心がけているのは、その速度を急かさないことです。家を手放す決断も、土地を次の世代へ引き継ぐ決断も、外から見ればただの手続きに見えるかもしれませんが、当人にとっては一つの季節をきちんと見送る儀式のようなものです。第一生命のCMという15秒か30秒の枠から始まった曲が、30年をかけて一本のアニメーション作品にまで育っていったように、ここでの決断もまた、すぐに結論を急ぐ必要はないのだと、この曲を聴くたびに思い出させられます。
ATAWI MUSICにこの曲を置くのは、過ぎ去った時間を惜しみながらも、次の季節へ静かに歩き出すための作法を、音楽から受け取るためです。夏の終わりに聴くこの曲は、今年もまた、見送るべき季節にきちんと別れを告げる時間をくれるはずです。東京で働いていた頃の駆け足の夏も、磐田で迎える穏やかな夏も、どちらも自分にとってかけがえのない時間だったのだと、この曲を聴くと素直に思えます。さよならは終わりを告げる言葉であると同時に、次の場所へ向かうための合図でもあります。
毎年、蝉の声が少しずつ静かになり、夕方の風に涼しさが混じり始める頃になると、この曲を聴きたくなります。それは、まだ夏を惜しむ気持ちが残っているからでもあり、同時に次の季節を迎える準備を始めたい気持ちの表れでもあります。山下達郎が高校生の日に見た虹を数分の一曲に閉じ込め、それがさらに30年をかけて映像という形を得たように、自分にとっての夏の記憶も、いつかどこかで新しい姿を得るのかもしれません。そのときまで、この曲を毎年の節目として聴き続けていくのだろうと思います。