今回のYouTubeリンクは、山下達郎のアルバム『僕の中の少年』から「蒼氓」と「踊ろよ、フィッシュ」の2曲を使用して制作された公式MVです。Warner Music Japanのニュースでは、2020年11月25日にリマスター盤発売を記念して新たに作成・公開された映像であることが告知されています[1]。同アルバムの2020 Remasterページでは、1988年発売の9作目のスタジオ・アルバムであり、「踊ろよ、フィッシュ」や「蒼氓」を収録していることが確認できます[2]。
このMVは、ただのベスト映像ではありません。前半の「蒼氓」は人の消えた東京の静けさと重なり、後半の「踊ろよ、フィッシュ」は色鮮やかな夏の記憶を開きます。暗さと明るさ、静止と躍動、祈りと解放。その振れ幅が、2020年という時間を強く刻んでいます。
無人の東京に重なる蒼氓
音楽ナタリーの記事では、このMVの「蒼氓」パートについて、監督のモリカツが緊急事態宣言中の2020年4月から5月にかけて無人の東京各地を撮影し、その映像を使用したと紹介しています[3]。人が消えた都市の映像に、この世を生きる人々への賛歌のような曲が重なる。その逆説が強い印象を残します。
東京で働いていた頃、人が多すぎる街だと思っていました。駅も道路も店も、いつも誰かで満ちている。その東京から人が消えた映像は、街というものが人の気配によって成り立っていることを改めて見せます。建物だけがあっても、そこに暮らす人がいなければ街は沈黙します。「蒼氓」は、その沈黙の中で、見えない人々の営みを思い出させる曲です。
踊ろよ、フィッシュの明るさ
「踊ろよ、フィッシュ」は、1987年の全日空沖縄キャンペーンソングとして制作された夏の曲として広く知られています。音楽ナタリーの記事では、当時キャンペーンガールを務めた石田ゆり子との33年ぶりのコラボレーションが実現したこと、愛犬の雪も撮影に参加したことが紹介されています[3]。重い静けさの後に、この曲の色が開く構成は見事です。
夏の曲は、時に現実を忘れさせます。けれど、このMVでは、前半の無人の東京を見たあとに夏が来るため、明るさが単純な逃避にはなりません。生きることの重さを見たうえで、それでも踊る。沈黙のあとに、もう一度色を取り戻す。だから後半の明るさが、より深く響きます。
二つの曲を一つにつなぐ意味
「蒼氓」と「踊ろよ、フィッシュ」は、同じアルバムに収録されているとはいえ、性格の違う曲です。一方は人々の営みに対する深い祈りのように響き、もう一方は夏の解放感を持っています。その二つを一つのMVにしたことで、アルバムの中にあった幅が、2020年の社会の記憶と結びつきました。
人の人生も、暗い時間と明るい時間が別々に存在しているわけではありません。介護の現場で疲れた日にも、家族の笑い声があることがあります。相続の相談で重い話をしたあとでも、昔の写真を見て笑う瞬間があります。暮らしは一色ではありません。このMVは、その複数の時間が同じ人の中にあることを、二つの曲で見せています。
街と家に残る人の気配
磐田で空き家を見るときも、人の気配について考えます。人が住まなくなった家は、無人の東京の映像のように静かです。けれど、そこには確かに暮らしの跡があります。台所の配置、庭の木、玄関の傷。人がいなくなった場所ほど、人がいたことを強く感じる場合があります。
「蒼氓」は、その見えない人々の営みに光を当てます。「踊ろよ、フィッシュ」は、そこからもう一度色を取り戻す力をくれます。家や土地の整理も同じです。静かに残された場所を見つめ、そこにあった時間を受け止めたうえで、次の明るさへ渡していく。
この公式MVをATAWI MUSICに残すのは、2020年という特別な時期の記録であると同時に、街や家に人の気配がどれほど大切かを思い出させる映像だからです。音楽は、無人の場所にも人の時間を戻してくれます。
ATAWI MUSICで「蒼氓・踊ろよ、フィッシュ」を扱うときに大事にしたいのは、曲を資料として固定することではなく、公式に確認できる入口から、今の生活にどう響くかをもう一度考えることです。発売年やタイアップ、MV制作の情報は曲を理解するための手がかりですが、それだけで聴き終えるのはもったいない。山下達郎の音楽は、時代の空気を持ちながらも、聴く人の年齢や暮らす場所によって意味が少しずつ変わります。このページでは、その変わり方を、磐田で暮らしと家に向き合う感覚から書き留めています。
また、YouTubeで公式映像を見られることには大きな意味があります。かつてテレビやCD、ラジオで出会った曲が、今は公式チャンネルという同じ場所から見直せる。これは便利になったというだけでなく、権利元が用意した形で作品へ戻れるということです。断片的な記憶や非公式な転載ではなく、作り手側が差し出した窓から聴き直すことで、曲の背景、映像の意図、そして現在の山下達郎の活動の流れがつながって見えてきます。
初めて聴く人にとっても、昔から知っている人にとっても、公式MVは同じ曲を別の距離で受け取るための場所になります。画面の中で曲名や映像のトーンを確認しながら聴くと、耳だけで覚えていた印象とは違う細部に気づくことがあります。声の奥行き、アレンジの明るさ、映像が選んだ色や速度。その一つひとつが、曲を単なる懐メロではなく、今の時間に置き直す材料になります。ATAWI MUSICの記事では、その細部を無理に結論へまとめず、生活の記憶と行き来しながら残しておきたいと思っています。
同時に、ここで書いていることは作品の解説をすべて決めるためのものではありません。聴く人それぞれの季節、仕事、家族、街の記憶が入る余白を残したまま、公式に確認できた背景と個人的な実感を並べています。だからこそ、記事を読んだあとには、できればもう一度動画に戻って、自分の場所から曲を聴き直してほしいと思います。
山下達郎の曲は、細部まで作り込まれているのに、聴く側には押しつけが少ないところが魅力です。だから仕事帰りに流しても、夜に一人で聴いても、家族の記憶と重ねても、それぞれの距離で成立します。その受け取り方の広さを残したまま、公式情報と個人の記憶をつなぐのが、このサイトでの書き方です。
家や土地の相談でも、昔の出来事を今の判断につなげるためには、確かな入口が必要です。誰が住んでいたのか、いつ建てられたのか、どんな思い出が残っているのか。それらを一つずつ確認していくことで、ただ古いものに見えていた場所が、次の使い方を考えられる場所に変わります。「蒼氓・踊ろよ、フィッシュ」も同じで、懐かしさだけで終わらせず、公式MVと資料を手がかりに今の自分の場所へ引き寄せると、曲の表情がもう一段深く見えてきます。
参考リンク
- [1] 蒼氓・踊ろよ、フィッシュ MV完成 | Warner Music Japan
- [2] 僕の中の少年 (2020 Remaster) | Warner Music Japan
- [3] 石田ゆり子と33年ぶりにコラボ | 音楽ナタリー
- [4] 山下達郎 OFFICIAL SITE - ディスコグラフィ
- [5] 山下達郎のOfficial YouTube Channel開設 | Warner Music Japan
静まり返った街にも、明るい夏の記憶にも、人の暮らしが残るように、家や土地にも複数の時間が重なっています。
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