「Coda(コーダ)」とは、楽曲の終わりに置かれる結びの部分を指す音楽用語です。曲が主題を歌い終えたあとに、もう一度だけ静かに立ち止まり、全体を締めくくるための場所。「Ai No Coda(愛のCoda)」というタイトルは、恋の終わりをただの断絶としてではなく、きちんと結ばれるべき一区切りとして描こうとした曲であることを、その言葉づかいだけで示しているように思います。この曲は2003年、キリンジがレーベルを移籍して最初にリリースした『スウィートソウルEP』に収められ、同年発表の5thアルバム『for beautiful human life』にも収録されました。作詞・作曲は兄の堀込高樹が手がけています。堀込高樹自身、この手のポップスは比較的短時間で書けると語ったことがあるそうで、理論と技巧が体に染みついた作り手だからこそ生まれる、隙のない骨格を持つ楽曲だと伝えられています。色のモチーフと花のモチーフが曲の随所に配され、ふたりでいた時間の彩りと、ひとりに戻ったあとのモノクロームな時間が、静かに対比されていると評されることもあります。自分がこの曲を最初に聴いたのは、東京で働き始めてしばらく経った頃でした。当時はまだ、何かが終わることを、単純に失うことだと捉えていました。仕事の区切りも、人との関係の区切りも、終われば終わっただけ損をするような感覚があったのです。けれど歳を重ね、磐田へ戻って家や土地、相続の相談を受ける仕事に就いてから、終わり方というものが、その後の時間をどれだけ生きやすくするかを、たびたび思い知らされるようになりました。「Ai No Coda」というタイトルをあらためて見返すたび、終わりをどう結ぶかという、当時の自分にはまだ分かっていなかった問いを、この曲は先に鳴らしていたのだと感じます。
冨田恵一との歳月の、ひとつの締めくくりとして
「Ai No Coda」が収められた『for beautiful human life』は、キリンジのデビュー当初から編曲・プロデュースに関わってきた冨田恵一が手がけた最後のアルバムだと伝えられています。前作『OMNIBUS』でセルフプロデュースを試みたのち、ふたたび冨田恵一を迎えてこのアルバムが作られたことは、いわば黄金期の布陣の「もう一度、そして最後」という位置づけだったのだろうと想像します。アルバムのタイトルは、光と影、あるいはビターとスイートといった対になる言葉を探す過程で、弟の堀込泰行が提案したものだと伝えられています。ふたつの相反するものが同居する感覚は、そのままこのアルバムに漂う空気とも重なります。この年、キリンジは東芝EMIへの移籍を経て、同年11月には初の日本武道館公演を成功させ、翌2004年には韓国でのライブや作品発表も行っています(ナタリー、BARKSほかの報道による)。国内での足場を固めながら、海外にも活動の幅を広げていった時期に、ひとつの制作体制の締めくくりとなるアルバムが置かれていたことになります。前へ進む勢いと、ひとつの関係を丁寧に終える作業とが、同じ時期に同居していたのだと思うと、「Coda」という言葉の選び方が、単なる恋愛の歌以上の重みを持って響いてくる気がします。このサイトで以前取り上げた「スウィートソウル」も同じ時期に生まれた楽曲で、あの曲もまた、何かを名残惜しみながら次へ向かう感触を持っていました。同じEP、同じアルバムに、名残惜しさを抱えた曲がいくつも並んでいたことを思うと、2003年という年そのものが、キリンジにとって、それまでの体制をひとつ結び終えて、次の場所へ踏み出す境目だったのだろうと感じます。
移籍という出来事は、当事者にとっては大きな決断だったはずですが、楽曲そのものからは、慌ただしさや焦りのようなものはほとんど感じられません。むしろ、これまで積み上げてきた技巧と信頼関係を、最後にもう一度、丁寧に確かめ合うような落ち着きがあります。長く連れ添った作り手同士だからこそ出せる呼吸の合い方が、この曲の隅々に宿っているように聴こえます。何かを終える場面では、往々にして急いで片づけたくなるものですが、この曲が教えてくれるのは、終わりにこそ時間をかける価値がある、ということかもしれません。
技巧が支える、静かな喪失の手触り
この曲を聴き直すと、メロディーの運び方に、かなり計算された職人的な手つきを感じます。サビの旋律と、それを支えるコーラスワークが拮抗するほどの存在感を持ち、どちらか一方が単なる伴奏に留まらない構成になっているように聴こえます。コード進行も、聴き手を驚かせるような奇抜さはないものの、そこかしこに丁寧な転調やボイシングの工夫が仕込まれていて、簡単に真似のできない緻密さがあると評されることがあります。派手な仕掛けで感情を煽るのではなく、あくまで端正な骨格の中で、じわりと切なさをにじませていく。そういう抑制の効いた作りが、この曲の持ち味だと感じます。歌唱を担う堀込泰行の声も、感情を大きく揺らすというより、ある種の距離を保ったまま曲の輪郭をなぞっていくように響きます。声を張り上げて別れを嘆くのではなく、すでに起きてしまったことを、少し高い場所から見つめ直しているような温度感です。だからこそ、この曲が描く恋の終わりは、悲劇というより、ひとつの時間がきちんと役目を終えたという、静かな納得に近いものとして届いてくるのだと思います。技巧を尽くして作られた曲であるほど、感情がむき出しにならず、聴き手それぞれの記憶を投影できる余白が残る。この曲の普遍性は、そうした作り手の抑制から生まれているのではないかと聴くたびに感じます。
アレンジの端々に配置されているという色と花のモチーフも、聴くたびに違う表情を見せます。ふたりでいた時間をカラフルなものとして描き、ひとりに戻った時間をモノクロームに沈めていくという対比は、恋愛の終わりというより、ある時間の質感がどう変わっていくかという、もっと普遍的な出来事として響いてきます。誰かと過ごした時間には、その人にしか見えなかった色がついていて、その人がいなくなったあとも、その色の記憶だけは長く残り続けるものです。この曲がチャートの数字として具体的にどれほどの成果を残したのか、自分の手元で確かめられる資料は限られていますが、四半世紀近く経った今もこうして語られ、聴き直され、ライブで演奏され続けていること自体が、一時的な人気では終わらなかった曲であることの証左のように思えます。
終わらせ方を仕事にして分かったこと
東京にいた頃、自分にとって「終わる」という言葉は、ほとんどの場合、失敗や損失と同義でした。担当していた案件が形を変えることになったとき、それを前向きに受け止める言葉を、当時の自分は持っていませんでした。区切りをつけるという行為に、何か後ろめたさのようなものすら感じていたように思います。今、磐田で家や土地、空き家、相続の相談を受ける仕事をしていると、終わり方というものが、その後の暮らしをどれだけ穏やかにするかを、日々の面談を通じて痛感させられます。長く住んだ家を手放すと決めるとき、多くの人はその決断を、何かに負けたことのように語ります。けれど実際に手続きが進み、家が次の持ち主に渡り、更地になった土地を最後に見に来る人の表情には、思いのほか静かな晴れやかさが浮かんでいることがあります。終わりをきちんと結ぶことができたとき、人はようやくその先の時間を歩き出せるのだと、この仕事を通じて何度も教えられてきました。「Ai No Coda」が描く別れも、感情を引きずったまま曖昧に消えていくのではなく、きちんと結ばれた終わりであるように聴こえます。楽曲構造としての「コーダ」が、主題を否定するのではなく、それをいったん引き受けたうえで静かに閉じる部分であるように、この曲もまた、愛した時間そのものを否定せず、それをひとつの形として結び直そうとしているのだと感じます。仕事の相談の場でも、家族の歴史を否定せずに、次の世代がどう受け止め直すかを一緒に考える時間を大切にしています。終わらせることは、なかったことにすることではありません。
ある依頼者のことを、今も時折思い出します。長年空き家になっていた実家をどうするか、何年も決めかねていた方でした。決めることが、亡くなった親への裏切りのように感じられると話していたのを覚えています。けれど何度か面談を重ね、家の中の思い出をひとつずつ言葉にしてもらい、残すものと手放すものを一緒に整理していくうちに、その方の表情から少しずつ強張りが抜けていきました。最後に鍵を返す日、その方が口にしたのは、悲しみの言葉ではなく、ようやく肩の荷が下りたという安堵の言葉でした。終わりに丁寧に向き合うことは、失うことをただ耐え忍ぶことではなく、次に進むための準備を整えることなのだと、あのときはっきりと分かった気がします。
磐田の土地に置く、ひとつの結び目
磐田で長く土地や家の相談を受けていると、代替わりのたびに、家族はそれぞれのやり方で過去との折り合いをつけていくのだと感じます。親が大切に守ってきた家を、子の世代がそのまま住み継ぐこともあれば、涙を流しながら手放すことを選ぶこともあります。どちらが正しいということはなく、大事なのは、その決断を曖昧なまま先送りにせず、家族なりの「コーダ」を結ぶことなのだと、この仕事を通じて思うようになりました。相談の最後、書類にすべての判が押され、長年の懸案にひとつの区切りがついた瞬間、依頼者の表情がふっと緩む場面に立ち会うことがあります。それは何かを失った顔ではなく、ようやく次の一歩を踏み出せるようになった顔です。「Ai No Coda」を聴くと、そうした瞬間のことを思い出します。愛の終わりを歌いながら、この曲がどこか穏やかに響くのは、終わりそのものを丁寧に描き切っているからなのだと思います。東京で働いていた頃には分からなかった、終わり方の大切さを、磐田の土地と家族の歴史に向き合う日々の中で、少しずつ教えられてきました。この曲が四半世紀近く前の楽曲でありながら、今も色褪せずに響くのは、誰の人生にも訪れる「結びの時間」を、静かな技巧で描き切っているからではないかと感じています。
仕事から帰る車の中で、この曲をふと流すことがあります。夕暮れの磐田の田園風景を眺めながら聴くコーラスワークは、東京にいた頃に聴いていたものと同じはずなのに、少し違って聴こえます。あの頃は、終わりという言葉の重さにただ押しつぶされそうになっていましたが、今は、終わりの先にある静けさのほうに、耳が向くようになりました。家族と過ごす時間も、いずれはそれぞれの形で区切りを迎えます。だからこそ、今この時間を大切に結んでおきたいと、この曲を聴くたびに思わされます。「Ai No Coda」というタイトルの、その静かな結びの一語を、自分もまた、日々の仕事の中で少しずつ実践していきたいと思っています。
ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、終わりをどう結ぶかという記憶を読み直す場所です。