ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://youtu.be/QWEkq7i0W_A
確認した動画: 大江千里「格好悪いふられ方」MUSIC VIDEO(大江千里 YouTube Channel POPS-SIDE / 本人公式)

この曲は、1991年の夏から秋にかけて、本当によく聴いていました。ラジオでも、テレビでも、街でも流れていて、避けて通れない曲だったというのが正確かもしれません。当時の私は、大江千里という人を、メガネのよく似合う、都会的で洒脱なシンガーソングライターとして聴いていました。それから何年も経って、ある事実を知って驚くことになります。大江千里さんは、私の大学の先輩でした。あの頃、テレビの向こうの人だと思って聴いていた歌い手が、実は同じキャンパスの空気を吸った人だった。それを知った瞬間、この曲との距離が、すっと縮まった気がしました。もちろん面識などありません。それでも、同じ門をくぐった先輩があの舞台まで行ったのだと思うと、曲の聴こえ方が変わるのだから、人間の心は勝手なものです。「格好悪いふられ方」は、タイトルの通り、格好悪さを真正面から歌った曲です。そして、格好悪さを歌にできるということが、どれほど格好いいことか。50代になった今は、そのことの方に感心しています。

1991年夏 — 槇原敬之と890枚差だった

「格好悪いふられ方」は、1991年7月18日にリリースされた大江千里の23枚目のシングルです。TBS系金曜ドラマ「結婚したい男たち」の主題歌に起用され、大江本人も第7話にゲスト出演しています。オリコン週間チャートには初登場2位で入りました。このとき1位を取れなかった相手が、槇原敬之の「どんなときも。」で、その差はわずか890枚だったと伝えられています。「どんなときも。」は、このサイトでも記事にした、あの1991年を代表する大ヒット曲です。あの夏のチャートの頂上で、この2曲がほとんど並んでいた。1991年という年の豊かさを物語る数字だと思います。

シングルは最終的に50万枚を超えるセールスを記録し、大江千里にとって最大のヒット曲になりました。デビューから8年目、23枚目のシングルでの最大ヒットという事実も、この人のキャリアの面白いところです。一夜で駆け上がった人ではなく、書き続け、歌い続けた末に、いちばん大きな曲が来た。しかもその曲が、成功や成熟を歌う曲ではなく、ふられた男の格好悪さを歌う曲だったというのが、いかにも大江千里らしいと思います。

まさか、大学の先輩だったとは

大江千里さんは、1980年に関西学院大学の経済学部に入学し、軽音楽部でバンド活動をしながら、在学中にデビューしています。デビュー後は東京と大阪を行き来しながら学業を続け、1984年に卒業。当時は日本一忙しい大学生と呼ばれていたそうです。私がこの事実を知ったのは、社会人になってからでした。よく聴いていた歌い手の経歴を何かの拍子に目にして、大学名のところで手が止まりました。まさか、先輩だったとは。

不思議なもので、その日から、大江千里の曲がすこし違って聴こえるようになりました。あの洒脱な都会の歌の中に、自分も歩いた坂道や、時計台のある風景が透けて見えるような気がしてくる。実際には、彼が通った時代と私の時代は重なっていませんし、見ていた景色も違うはずです。それでも、同じ場所を通過した人だという一点が、曲と自分の間に細い橋を架けてくれます。音楽の聴こえ方は、曲そのものだけでは決まらない。聴き手が持っている物語との掛け算で決まるのだと、このときほど実感したことはありません。

先輩は、その後も驚かせてくれます。2008年、47歳でポップスのキャリアをいったん置き、ニューヨークにジャズピアノ留学をしたのです。頂点を知った人が、50歳を前に音楽学校の学生に戻る。この身の投じ方には、「格好悪いふられ方」と同じ哲学を感じます。体裁より、本当にやりたいことを取る。格好悪く見えることを恐れた瞬間に、人はいちばん格好悪くなるということを、この先輩はキャリア全体で証明し続けています。

格好悪さを歌にする勇気

ふられた側の未練や強がりを歌った曲は、世の中にたくさんあります。この曲が特別なのは、未練を美化も悲劇化もせず、格好悪いと自分で言い切ってしまったことです。1991年の夏、この曲がどれだけ流れても嫌味にならなかったのは、誰もが身に覚えのある格好悪さを、責めるのではなく、笑いと涙の中間のような優しさで包んでいたからだと思います。ふられ方に格好いいも悪いもない、と言ってしまえばそれまでですが、当時の私たちは確かに、失恋の場面でさえ体裁を気にしていました。あの見栄っ張りな時代に、この曲は救いでした。

50代になって聴き直すと、この曲は失恋の歌である以上に、自分の弱さとの付き合い方の歌に聴こえます。磐田で家や相続の相談を受けていると、体裁が話を難しくしている場面によく出会います。本当は困っているのに、困っていると言えない。手放したくないのではなく、手放すことを人にどう見られるかが気になっている。格好悪さを認めた瞬間に、話が前に進み始めるのを、私は何度も見てきました。格好悪いことを格好悪いと言えたとき、人はいちばん自由になる。あの夏に何百回と聴いたこの曲の教えを、私はこの歳になって、仕事の中で答え合わせしています。まさか先輩、そんなところまで教えてくれていたとは。

ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、格好悪さと付き合ってきた時間を読み直す場所です。