ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=BxqYUbNR-c0
確認した動画: サカナクション / 忘れられないの -Music Video-(サカナクション sakanaction公式チャンネル)

この曲がCMのために書き下ろされたと知ったとき、まず引っかかったのは「上京」という、ずいぶん率直なお題の立て方だった。CMプランナーと監督、そしてボーカルの山口一郎が深夜に会議を重ね、そこで交わされたコンセプトが「上京」だったのだという[1]。地方から都市へ出ていくという、誰にとっても一度きりの経験を、一曲の中にどう仮託するか。その難題に向き合う中で、山口はテレビCMのために歌詞を150パターン書き、最終的に選ばれたのは115パターン目だったと、自ら振り返っている[1]。撮影の時点ではまだAメロしか完成していなかったというから、言葉を探す作業がどれほど粘り強く続いていたかが窺える[1]。私はこの制作の経緯を知ってから、この曲を「上京の歌」としてよりも、「言葉を選び続けた記録」として聴くようになった。都市に出ていくことそのものより、その経験を言い当てる一語をどう選ぶか、という営みの方に、この曲の芯があるように思えてならない。150という数字は、妥協せず言葉を探し続けた人の、静かな執念の痕跡だ。

大石セレクション:歌詞がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★★★
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:曲もMVも十分に高い水準にあるが、この曲を語るときにどうしても外せないのは、山口一郎が「上京」というお題に対して歌詞を150パターン書き、115パターン目を選び取ったという制作の経緯そのものだ[1]。完成した歌詞を鑑賞するだけでなく、そこに至るまでの試行錯誤の量と密度までもが歌詞の価値の一部になっている珍しい曲であり、言葉を選び抜く行為そのものを主題として語れる強さという点で、主視点は歌詞がいいに置いた。

6年ぶりのアルバムから生まれた1曲

「忘れられないの」は、2019年8月21日にリリースされた楽曲で、6年ぶりとなるオリジナルアルバム『834.194』(2019年6月19日発売)に収録されたのち、両A面シングルとしてリカットされた[3]。シングルはバンドとして初めてとなる8cmCDでの発売となり、オリコン週間シングルランキングで7位につけている[3]。両A面のもう一曲「モス」はフジテレビ系木曜劇場『ルパンの娘』の主題歌として使われた作品で、作詞・作曲はいずれも山口一郎、編曲はサカナクション名義となっている[3]。一方の「忘れられないの」は、ソフトバンクの「SoftBank music project」第6弾、新CM「速度制限マン」篇のテーマソングとして書き下ろされたもので、2019年3月23日から全国放映が始まっている[2][4]。CMには山口一郎自身も出演し、広瀬すずと吉沢亮が演じる遠距離恋愛中の恋人役の間に立つ、謎の存在「速度制限マン」(嶋田久作)を退けて動画再生を助ける救世主として登場する[2][5]。CMの設定では、広瀬すず演じる女性が地方から東京へ出てきたばかりという体で描かれており、山口自身の上京経験と重ねやすい構成になっている[1][2]

あらかじめ完成していた曲にCMを当てはめるのではなく、CMのコンセプトから曲を立ち上げるという制作の順番そのものが、この曲の性格を決めている。「新宝島」が過去の様式を研究し尽くしてから再構築する曲だったとすれば、「忘れられないの」は、与えられたお題に対して、納得のいく答えを探り当てるまで書き続ける曲だ。同じバンドでも、作品への向き合い方の質感がずいぶん違って聴こえる。

言葉を出し尽くしてから選ぶという作り方

歌詞を150パターン書いて、115番目を選ぶ。この数字を見たとき、私はすぐに答えを決めない仕事の進め方を思い出した。東京で働いていた頃、企画の方向性が決まらないまま、とにかく案を出し続けることを求められる場面が何度もあった。10や20ではなく、100を超える案を並べてようやく、これだ、と思えるものに行き当たる。効率だけを考えれば、早い段階で「悪くない案」に決めてしまう方が楽だ。それでも、出し尽くした先にしか見えてこない答えがある。150という数字は、そうした、言葉を惜しまずに使い切る姿勢そのものだと思う。

音楽的にも、この曲は都会的な質感を丁寧に組み立てている。シンセサイザーの音色やビートの運び方に、80年代のAORを思わせる艶やかさが漂っているように聴こえ、そこに現代的なアレンジが重ねられている印象を受ける。派手に盛り上げるのではなく、都市の夜の明るさをそのまま音にしたような、少し乾いた高揚感がある。山口一郎のボーカルは、力むことなく、むしろ抑えた声で歌詞を運んでいくように聴こえ、その抑制が、上京という重いテーマを湿っぽくしすぎない役割を果たしているのではないかと感じる。イントロのシンセの入り方からして、既に都会の夜の輪郭を描いており、Aメロで抑えた温度のまま歌が始まり、サビで少しだけ視界が開ける。派手な転調こそないものの、聴き終えたあとにもう一度頭から聴き直したくなる程度には、曲としての完成度は高い。100を超える言葉の中から選ばれた一語一語だからこそ、歌い方も自然と、飾らない方向に落ち着いたのかもしれない。ただ、曲単体の強度で言えば、サカナクションには他にもっと構成の冒険や展開の振れ幅が大きい楽曲があり、この曲はそうした尖った実験性よりも、まとまりの良さと聴きやすさの側に軸足を置いている印象がある。

MVは、映像作家・田中裕介の監督によるもので、80年代前半のポップスの世界観を現代に再現するというテーマで制作されている[6]。メンバーを含む出演者全員の衣装は当時のファッションを研究したうえで作られ、ヤシの木やビーチパラソルといった、その時代のトレンドを思わせるモチーフが随所に配置されている[6]。撮影にはオールドビデオカメラが用いられ、色のにじみや粒子感まで含めて、当時の映像の質感を丁寧に再現しているという[6]。ただし「新宝島」のMVがドリフ大爆笑のオープニングという明確な対象を模倣したのに対し、この曲のMVは特定の番組や作品を指し示すのではなく、80年代という時代の空気そのものを立ち上げようとしているように見える。具体的な様式を再現する曲と、時代の質感を再構成する曲。同じ「過去を参照する」という手法でも、狙いの置き所が違うところに、このバンドの引き出しの多さを感じる。公式MVとしての作り込みは非常に高く、曲の世界観を補強する力も強いが、CMという文脈で先に生まれた歌詞のドラマ性と比べると、主視点として選ぶにはもう一段、曲そのものにしかない物語が欲しいというのが正直な感想だ。

風のにおいが変わる場所へ

山口一郎は、自身も北海道・札幌から上京した経験を持つ[1]。インタビューでは、東京という街について「夢をあきらめなくていい街」だと語り、新生活を送る人々に向けて「一瞬一瞬を人生のシャッターチャンスだと思って」という趣旨の言葉を送っている[1]。地方から都市へ出た者にしか実感としてわからない感覚が、この発言の背景にはあるのだろう。私自身も、東京で暮らしていた時期がある。磐田に戻ってから改めて感じたのは、景色の違いというより、時間の流れ方の違いだった。東京では常に何かに追われているような感覚があり、磐田に帰ってくると、その速度がふっと緩む瞬間がある。どちらが正しいということではなく、場所が変われば、体感する時間そのものが変わるのだと、この曲を聴くたびに思い出す。

上京というテーマは、都会への憧れを歌うだけの単純な話にはなり得ない。慣れ親しんだ土地を離れる不安、新しい場所で自分の役割を探す心細さ、それでも前に進まざるを得ない責任感。150パターンの言葉の中には、そうした複雑な感情のどの角度から書くかという、無数の試行錯誤があったはずだ。歌詞を引用することはできないが、聴いていて感じるのは、上京という経験を美化も否定もせず、ただそこにあった感覚として差し出そうとする、静かな誠実さだ。曲名の「忘れられないの」という言葉も、何かを強く主張する響きというより、静かに、それでいて確かに残り続けるものを指しているように聴こえる。派手な決意表明ではなく、気づけば心のどこかに居座っている記憶。そういう手触りの言葉を、100を超える試作の末にようやく選び当てたのだとすれば、この曲の芯にあるのは「上京」という出来事そのものよりも、その出来事をどう言葉にすれば忘れられないものになるか、という問いへの答えなのだと思う。

磐田で選び続ける、譲れない一語

磐田で家や土地の相談を受けていると、家族の中で意見が分かれ、何度も言葉を交わし直しながら、ようやく全員が納得できる結論にたどり着く場面によく出会う。実家を手放すか残すか、誰が住むか、どう分けるか。最初に出てきた案がそのまま正解になることは、むしろ少ない。何度も言い方を変え、伝え方を変え、相手の受け止め方を確かめながら、少しずつ言葉を選び直していく。その粘り強さは、150パターンの歌詞から115番目を選び出す作業と、どこか重なるところがある。

効率よく一度で決めることが、必ずしも最良の結果を生むわけではない。むしろ、出し尽くしてから選び取った言葉の方が、後になって「あのとき、あの言い方でよかった」と思えることが多い。この曲のタイトルが「忘れられないの」であることも、そうした、時間をかけて選び抜かれた言葉だからこそ持つ強度なのだと、聴くたびに感じる。

家族との話し合いも、上京という経験も、正解が最初から用意されているわけではない。何度も言葉を出し、時には撤回し、また出し直す。そうした往復の末にようやく形になるものだけが、後々まで残る。この曲を聴くたびに、磐田で暮らす自分にとっての「譲れない一語」とは何だったかを、あらためて考えさせられる。

参考リンク

150パターンの言葉の中からひとつを選び抜くように、音楽には、時間をかけて選び直してきた記憶が残ります。

この記事を書いている大石浩之は、静岡県磐田市で介護と不動産の仕事をしています。相続した実家、空き家、土地建物の整理などでお困りの方は、必要なときに富士ヶ丘サービスへご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。