ここで紹介するのは、椎名林檎のデビュー20周年記念アリーナツアー「(生)林檎博'18 -不惑の余裕-」で披露された「目抜き通り」のライブ映像です[4]。この曲は本来、トータス松本(ウルフルズ)とのデュエット曲として作られたものですが、映像を確認すると、このステージにもトータス松本本人がゲストとして登場し、銀座の目抜き通りを模したセットの上で椎名林檎と共に歌っています[4]。スタジオで作り込まれた公式MVとは違い、この日、このステージでしか成立しなかった一期一会の共演が、そのまま映像として残されている。20年という節目のツアーで、あえてこの曲を選び、ゲストを迎え入れるという構成そのものに、これまで多くの人と共演しながら音楽を歩き続けてきた表現者の姿が滲んでいるように感じます。
GINZA SIXのために書かれた曲、20周年の節目に呼び戻される
「目抜き通り」は、2017年4月20日に発表された楽曲で、東京・銀座に開業した商業施設「GINZA SIX」のオープニングテーマとして書き下ろされました[1][5]。作詞作曲は椎名林檎、編曲は斎藤ネコが手がけ、椎名プロダクションに集った演奏家たちによるドラマチックなアンサンブルが特徴の一曲です[5]。当初からトータス松本(ウルフルズ)とのデュエット曲として構想され、2019年5月27日発売のオリジナルフルアルバム『三毒史』に収録されました[1][2]。『三毒史』は、椎名林檎のデビュー20周年を締めくくる作品として発表されたアルバムです[2]。
この曲がライブで披露された「(生)林檎博'18 -不惑の余裕-」は、2018年10月から11月にかけて全国4会場・8公演で開催された、デビュー20周年記念のアリーナツアーです[3][4]。ツアー名にある「不惑」という言葉が示すとおり、40代を迎えた表現者が、迷いを重ねた先にある自由さと余裕を持ってステージに立つ。そのタイトルにふさわしく、公演にはトータス松本のほかにも複数のゲストが招かれ、20年という時間の中で椎名林檎が誰と共に音楽を作ってきたかを振り返るような構成になっていたと伝えられています[3]。銀座という、日本でもっとも人通りの多い目抜き通りのために書かれた曲が、20年の音楽キャリアを振り返るステージで、しかも作詞作曲の意図どおりデュエットの形のまま歌われる。場所性を持った曲が、時間軸の中に置き直されることで、また違う手触りを帯びていく。この映像はその好例だと思います。
一夜限りの共演が持つ緊張感
スタジオで撮られた公式MVは、何度でも同じ画をくり返し見ることができます。けれどライブ映像には、その場に居合わせた人だけが体験できた一回性が刻まれています。映像の中盤、銀座のネオン看板を模したセットの奥から、ゲストが姿を現す瞬間があります[4]。段取りとして準備されたものであっても、ステージの上で生身の人間同士が声を重ねる瞬間には、リハーサルでは埋めきれない微妙な間や呼吸のずれが残ります。それこそが、作り込まれた映像にはない生々しさです。曲そのものの強度で言えば、斎藤ネコによる編曲は、椎名林檎のこれまでの楽曲群の中でも屈指の華やかさを持っています[5]。ホーンとストリングスが折り重なるイントロから、サビに向けて音数が増えていく展開は、聴くだけで銀座の雑踏を歩いているような高揚感を生みます。この日のステージでは、その音の厚みに、生のバンドと観客の熱気が加わることで、スタジオ音源とはまた違う一体感が生まれていたはずです。デュエットという構成の曲を、あえてツアーの中の一夜に呼び戻し、ゲストと共に歌う。その選択自体が、20年間ひとりで背負ってきたわけではない、多くの共演者や仲間と共に歩んできた歴史を、観客の前で体現する行為だったのではないかと思います。
もう一つ興味深いのは、この曲がそもそも商業施設のテーマ曲として発注された背景を持ちながら、結果としてアルバムの中でも重要な一曲に育っていったという経緯です[1]。企業タイアップから始まった曲が、共演者を得て命を吹き込まれ、さらにライブという生ものの現場でもう一段深い表情を見せる。この曲の歩みそのものが、目抜き通りという場所が持つ、行き交う人々によって少しずつ表情を変えていく性質と重なって見えます。
「歩幅」を歌う言葉、その意味がライブで変わる瞬間
この曲の歌詞の内容そのものを長く引用することはしませんが、描かれているのは、隣を歩く相手との距離感や歩調の話だと感じます。銀座という具体的な地名を軸にしながらも、言葉の端々には、誰かと並んで歩くことの緊張感と喜びが同居しています。スタジオ版のMVでこの歌詞に触れたとき、多くの聴き手はそれを「トータス松本と椎名林檎、2人の声の掛け合い」として受け取ったはずです。ところが同じ歌詞が、20周年ライブという文脈の中で歌われると、意味の重心が少しだけ動きます。単なる男女のデュエットではなく、「20年間、多くの人と歩幅を合わせながら音楽を続けてきた人」が、あらためてその歩みを言葉にしているようにも聴こえてくるのです。同じ歌詞であっても、歌われる場所と時期が変われば、そこに宿る意味も変わる。この曲の歌詞が持つ余白の大きさは、まさにその「読み替えの幅」にあるのではないかと思います。銀座の目抜き通りを歩く2人の物語として聴くこともできれば、20年という時間を歩いてきた表現者と、その節目に立ち会ったゲストの物語として聴くこともできる。どちらの読み方をしても破綻しない強度が、この歌詞にはあります。
磐田の目抜き通りで、誰かと立ち会うということ
磐田にも、この街なりの目抜き通りがあります。東京の銀座ほどの賑わいはありませんが、地元の人が行き交い、店が並ぶ、この土地の中心のような道です。家や土地の相談の仕事で、その通りを何度も歩いてきました。20年、30年と同じ場所で商いを続けてきた店主の方々には、たいてい、長く一緒に店を切り盛りしてきた誰かがいます。夫婦だったり、親子だったり、代替わりを支えてきた常連客だったり。ひとりで積み上げてきたように見える歴史も、たどっていくと、必ず誰かと歩幅を合わせてきた時間が隠れています。
20周年という節目に、あえてゲストを迎えてこの曲を歌う椎名林檎の姿は、長く同じ場所に立ち続けてきたすべての人への、静かなエールのように聞こえます。ひとりで踏みしめてきたはずの道の途中に、実は何度も誰かとすれ違い、時には並んで歩いていた瞬間があった。この映像を見るたびに、自分がこれまで歩いてきた目抜き通りに、いったい誰が同行してくれていたのかを、あらためて考えさせられます。
参考リンク
- [1] 椎名林檎、トータス松本との「目抜き通り」MV&ライブ映像を5タイトル一挙公開 - Billboard JAPAN
- [2] 椎名林檎 新作ミュージックビデオ「目抜き通り」本日公開 - 椎名林檎 Universal Music Japan公式サイト
- [3] 椎名林檎 20周年記念ライブ映像作品『(生)林檎博'18 ―不惑の余裕―』特設サイト
- [4] 椎名林檎 - 「目抜き通り」 from (生)林檎博'18(椎名林檎 本人公式YouTubeチャンネル)
- [5] 目抜き通り(椎名林檎とトータス松本の曲) - Wikipedia
音楽が20年の時を経てあらためて誰かと歌われるように、家や土地にも、誰かと共に積み重ねてきた時間が残っています。
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