ページ作成日: 2026年7月3日
元にしたYouTubeリンク: https://youtu.be/eScTTi8UtiY
確認した動画: 椎名林檎 - 「目抜き通り」 from (生)林檎博'18(椎名林檎 本人公式チャンネル)

ここで紹介するのは、20周年記念アリーナツアー「(生)林檎博'18 -不惑の余裕-」で披露された「目抜き通り」のライブ映像です。この曲は本来、トータス松本とのデュエット曲として作られたものですが、この映像では、椎名林檎がひとりでこの曲と向き合っています。デュエット曲を独りで歌うとき、そこには元の曲にはなかった緊張感と孤独感が立ち上がります。連れ立って歩くはずだった目抜き通りを、ひとりで歩いていく。デビューから20年という節目のツアーで、あえてこの曲をソロで歌うという選択には、20年間ずっと自分の足で表現の道を切り拓いてきた人の、ある種の覚悟のようなものが滲んでいるように感じます。「不惑の余裕」というツアータイトルの通り、40代を迎えた表現者が、迷いを越えた場所からこの曲を見つめ直している。そういう1本の映像です。

GINZA SIXのために書かれた曲

「目抜き通り」は、2017年4月20日に発表された楽曲で、東京・銀座に開業した商業施設「GINZA SIX」のオープニングテーマとして書き下ろされました。もともとはトータス松本(ウルフルズ)とのデュエット曲として制作され、2019年5月27日発売のオリジナルフルアルバム『三毒史』に収録されています。『三毒史』は、椎名林檎のデビュー20周年を締めくくる作品として発表されたアルバムです。

この曲がライブ映像として披露された「(生)林檎博'18 -不惑の余裕-」は、2018年に開催された20周年記念のアリーナツアーで、椎名林檎自身が「感無量です」と語ったという記念碑的な公演でした。銀座という、日本でもっとも人通りの多い目抜き通りのために書かれた曲が、20年の音楽キャリアを振り返るステージで歌われる。場所性を持った曲が、時間軸の中に置き直されることで、また違う意味を帯びていく。この映像はその好例だと思います。

デュエット曲をひとりで歩く

本来2人で歩くはずの目抜き通りを、ひとりで歩く。この構図は、20年という時間を音楽で歩き続けてきた椎名林檎自身の姿と、どこか重なって見えます。デビュー当時から数えて20年、彼女は東京事変というバンド、共作者、共演者と、さまざまな形で誰かと共に歩んできました。けれど最終的に、ステージの中心にひとりで立ち続けてきたのも事実です。デュエット曲をソロで歌うというこの選曲は、偶然の産物というよりも、20年という時間の重みを引き受けた末の、意図された選択のように思えます。

東京で働いていた頃、私は目抜き通りと呼ばれるような賑やかな場所を、大勢の人に紛れて歩くことに、ある種の安心感を覚えていました。ひとりでいても、周りに人がいれば孤独ではない。けれど本当の意味で自分の道を進むというのは、結局、雑踏の中でもひとりで歩く覚悟を持つことなのだと、歳を重ねてから気づくようになりました。この映像の椎名林檎は、まさにその覚悟を体現しているように見えます。20年前に思い描いていた表現の道と、実際に20年かけて歩いてきた道。その両方を抱えながら、ひとりで目抜き通りに立つ姿は、静かな迫力を持っています。

磐田の目抜き通りで

磐田にも、この街なりの目抜き通りがあります。東京の銀座ほどの賑わいはありませんが、地元の人が行き交い、店が並ぶ、この土地の中心のような道です。家や土地の相談の仕事で、その通りを何度も歩いてきました。20年、30年と同じ場所で商いを続けてきた店主の方々の姿を見ると、この曲が歌う目抜き通りの重みが、また違う形で伝わってきます。人通りの多い場所に、長く立ち続けるということ。それは華やかさの裏に、地道な積み重ねと孤独な決断を必要とする仕事です。

20周年という節目に、あえてひとりでこの曲を歌う椎名林檎の姿は、長く同じ場所に立ち続けてきたすべての人への、静かなエールのように聞こえます。誰かと連れ立って歩ける道もあれば、最終的にはひとりで踏みしめなければならない道もある。この映像を見るたびに、自分がこれまで歩いてきた、そしてこれから歩いていく目抜き通りのことを、あらためて考えさせられます。

ATAWI MUSICは、音楽を消費するサイトではありません。曲をきっかけに、長く歩き続けてきた道の記憶を読み直す場所です。