ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=K6ptsqlfJZ8
確認した動画: 椎名林檎とトータス松本 - 目抜き通り(椎名林檎 本人公式チャンネル)

このサイトでは、ソロで歌われた「(生)林檎博'18」版の「目抜き通り」も取り上げたが、こちらは本来の姿である、トータス松本(ウルフルズ)とのデュエット版である。同じ曲でも、歌い手がひとりか2人かで、聴こえてくる景色はまったく違う。椎名林檎の都会的で切れ味のある声と、トータス松本の関西弁混じりの、体温の高いソウルフルな声。ジャンルも出自もまったく違う2人が、同じメロディーの上で声を重ねると、目抜き通りという場所に、思いがけない奥行きが生まれる。この映像は、椎名林檎本人の公式YouTubeチャンネルで確認できる音源をもとにしたもので、2人がそれぞれの個性を保ったまま並んで歩いている、その呼吸そのものを味わえる一曲である。

大石セレクション:曲がいい ★★★★★

  • 曲がいい:★★★★★
  • 歌詞がいい:★★★★☆
  • MVがいい:★★★☆☆

選定理由:この曲の骨格には、モータウン期のマーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュエットを思わせる進行が息づいており、主旋律が数小節ごとに歌い手を入れ替えていく構成そのものが、聴くたびに発見をくれる。歌詞の言葉選びや、今回確認できた本人公式チャンネルの映像も十分に魅力的だが、「作曲そのものの設計」として2人の声を配置した椎名林檎の手腕という点で、主視点は曲がいいに置いた。なお、この記事はコラボレーション映像としての魅力に絞って評価しており、公式スタジオMVそのものの評価とは別軸であることをあらかじめ断っておきたい。

GINZA SIXのために書かれた、もうひとつの目抜き通り

「目抜き通り」は、2017年4月20日に東京・銀座に開業した大型商業施設「GINZA SIX」のオープニングテーマとして書き下ろされ、同日デジタル配信でリリースされた楽曲である[1]。「NEW LUXURYを世界に向けて発信する」というGINZA SIXのコンセプトのもと、銀座の魅力を音楽で表現するために制作されたと伝えられている[2]。作詞・作曲は椎名林檎、編曲は斎藤ネコが手がけた[1]。2019年5月27日発売のオリジナルフルアルバム『三毒史』に収録され、このアルバムは椎名林檎のデビュー20周年を締めくくる作品として発表された[3]。この曲が生まれた経緯を音楽メディアの報道でたどると、椎名林檎はかねてよりトータス松本との共演の機会を求めており、今回のデュエットをオファーし、松本がこれを快諾したことで実現したという[2]。銀座と2人の声そのものをモチーフに曲を書いたと伝えられており、単なるタイアップ曲としてではなく、2人の声の組み合わせそのものから発想された一曲だったことがうかがえる[2]。2017年4月28日にはテレビ朝日系「ミュージックステーション」に椎名林檎とトータス松本名義で出演し、この曲をテレビで初めて披露している[2]。当初はCM用の楽曲として作られたが、その完成度の高さから、フルバージョンとしても制作・配信されるに至った[3]

モータウンの残響、歩幅の違う2つの声

トータス松本は、大阪発のロックバンド、ウルフルズのボーカリストとして知られる歌い手である。「ガッツだぜ!!」のような突き抜けた明るさと熱量を持つ歌唱で親しまれてきた人であり、椎名林檎の緻密で都会的な音楽性とは、一見対極にあるように見える。ところが実際にこの曲を聴くと、その組み合わせに必然性を感じさせる仕掛けがある。曲の構成は、主旋律が4小節ごとに歌い手を入れ替えていく作りを含めて、マーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュエットをイメージして書かれたと伝えられており、彼らの時代のモータウン風の進行が下敷きになっているという[4]。ソウルやモータウンのグルーヴを吸収してきたウルフルズのトータス松本の声と、都会的な音作りを得意とする椎名林檎の声が、モータウンという共通の土壌の上で出会う。ここに、一見異色に見える組み合わせが破綻せずに成立している理由がある。デュエットというのは、実はとても難しい共同作業である。声質もバックグラウンドも違う2人が、同じ拍子、同じ息づかいで進まなければならない。歩幅がぴったり合えば美しいハーモニーになるが、少しでもずれれば、ちぐはぐな印象を残してしまう。この曲は、あえて歩幅を完全には揃えず、それぞれの個性がぶつかりながらも道を譲り合っている、そんな緊張感のあるバランスの上に成り立っている。主旋律の受け渡しが頻繁に起きる設計そのものが、2人の個性を溶け合わせるのではなく、並走させることを選んだ証拠のように聴こえる。編曲を担当した斎藤ネコは、弦楽器を中心とした情感豊かなアレンジで知られる編曲家であり、この曲でも、モータウン的なリズムの骨格に、洗練された弦の響きを重ねることで、銀座という場所が持つ都会的な艶と、ソウルミュージックが本来持つ体温の両方を同居させることに成功している。

2つの声が描く距離感を、言葉で読み直す

この曲の歌詞を丸ごと紹介することはしないが、その代わりに、言葉が描いている距離感について考えてみたい。歌詞にはフランス語のフレーズも織り込まれており、国際色豊かな銀座という街のイメージを言葉の面からも支えている。もっとも印象的なのは、ひとりの語り手が一方的に思いを語るのではなく、2つの声が掛け合いながら進んでいく構造そのものが、言葉の意味以上に「誰かと並んで歩くこと」を体現している点だ。結婚生活や長年の友人関係にも、これと似た感覚がある。歩幅がまったく同じ2人などいない。片方が少し急ぎ足で、もう片方が少しゆっくり。それでも長く連れ添っていくうちに、互いの歩幅の違いを織り込んだ、独自のリズムができあがっていく。「目抜き通り」を2人で歩くこの曲を聴くと、完璧に一致することよりも、違いを抱えたまま並んで歩き続けることの方が、実はずっと豊かな関係を作るのだと感じさせられる。東京で働いていた頃、出身も価値観もまったく違う同僚たちと、それでも同じ目的地に向かって仕事を進めていた時期があった。歩幅を無理に揃えようとするのではなく、それぞれのペースを認め合いながら進む方が、結果として遠くまで一緒に行けることを、あの頃の経験から学んだ気がする。この曲の歌詞と声の掛け合いは、その学びを音楽の形で証明してくれているように聴こえる。銀座という具体的な地名を前面に出さず、「目抜き通り」という誰の街にも当てはまる言葉を選んだことも大きい。おかげでこの曲は、銀座を知らない聴き手にとっても、自分の街の目抜き通りを思い浮かべられる普遍性を獲得している。

本人公式チャンネルの映像で確認できること

今回参照したのは、椎名林檎本人の公式YouTubeチャンネルで公開されているこのデュエットの映像である。スタジオ収録のミュージックビデオは、当初は制作されず、約2年後の2019年6月11日になって新たに撮り下ろされ、児玉裕一監督のもと『三毒史』収録版の音源を用いて公開されたと伝えられている[3]。今回確認した本人公式チャンネルの映像は、2人が声を掛け合う様子そのものに焦点が当たっており、過剰な演出を加えずに、歌唱の掛け合いという曲の核をまっすぐ見せる作りになっている。派手なストーリー性や凝った映像美でぐいぐい引き込むタイプではないが、2人の表情や間合いが見えることで、音源だけでは伝わりにくい「呼吸を合わせる瞬間」が可視化される。曲そのものが持つモータウン的な普遍の強さや、歌詞が示す距離感の豊かさに比べると、この映像単体の完成度は主視点に置くほどではないと感じたが、2人の共演を記録した映像として見る価値は十分にある。念のため補足しておくと、この評価はあくまで今回確認したコラボレーション映像としてのものであり、児玉裕一監督によるスタジオMVそのものを対象にした評価ではない。

磐田の目抜き通りを、誰かと歩く

磐田で家や土地の相談を受ける仕事は、多くの場合、家族という「歩幅の違う人たち」と向き合う仕事でもある。親の世代と子の世代、地元に残る人と離れて暮らす人。それぞれのペースも価値観も違う中で、ひとつの結論に向かって一緒に歩いていかなければならない場面によく出会う。無理に歩幅を合わせようとするより、違いを認めた上で、それぞれのペースのまま並んで進む道を探すこと。この曲のデュエットが体現しているバランス感覚は、そういう仕事の現場でも、大切な指針になっている。ひとりで歩く目抜き通りにも、2人で歩く目抜き通りにも、それぞれの豊かさがある。同じ道、同じ曲でありながら、歩く人数が変わるだけで景色がまるで違って見える。この曲を聴くたびに、人生の目抜き通りを、これまで誰と、どんな歩幅で歩いてきたのかを、あらためて振り返りたくなる。

参考リンク

音楽が、歩幅の違う2人の声を並べて一つの曲にするように、家や土地にも、違う世代の人たちが積み重ねてきた時間が残っています。

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書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。