ページ作成日: 2026年7月5日
元にしたYouTubeリンク: https://www.youtube.com/watch?v=YJt4j9wu1TQ
確認した動画: Nulbarich - Liberation (Official Music Video)(Nulbarich本人公式チャンネル)

2024年2月、Nulbarichはその年のうちに活動を休止することを明らかにしました[5]。半年後の8月7日、SaaS企業「HENNGE」の新CMソングとして「Liberation」が配信リリースされます[1][3]。休止を決めたあと、解散するわけでもなく、逃げ込むわけでもなく、あえて新曲を世に出す。しかも曲名は「解放」。この選び方に、私はある種の潔さを感じます。休止は12月5日の日本武道館公演をもって迎えられ、その日をもってバンドが姿を消すわけではなく、まず区切りとしての最後のワンマンライブ「CLOSE A CHAPTER」が置かれ、さらに終演後、同名のニューアルバムのリリースがサプライズ発表されました[6][7]。「Liberation」は、その一連の終わり方の、いちばん最初に置かれた音です。終わりを決めてから、実際に幕を下ろすまでの、あの数か月の時間。何かをやめると決めた人間だけが持つ、あの独特な身の軽さと緊張感を、私は自分の人生の中でも何度か経験してきました。会社を辞めると決めた日から最終出勤日までの間。長く続けた仕事に区切りをつけると決めてから、実際に看板を下ろすまでの間。まだそこにいるのに、もう半分は次の場所を向いている。そういう時間だけが持つ、特別な透明さがあります。「Liberation」を聴くと、その透明さを思い出します。休止を発表したバンドが、あえて自分たちのために鳴らしたのではなく、企業の依頼に応える形で、それでも自分たちの言葉として響かせた「解放」。仕事として引き受けたものの中に、自分自身の状況を静かに重ねる。そういう仕事のやり方を、私は磐田で家や土地に関わる仕事をしてきた中で、幾度となく見てきました。

大石セレクション:曲がいい ★★★★☆

  • 曲がいい:★★★★☆
  • 歌詞がいい:★★★☆☆
  • MVがいい:★★★★☆

選定理由:「Liberation」はUKガラージ由来の疾走感あるテンポと、JQの伸びやかな歌声が軽やかに乗る構成が際立ち、音だけで十分に聴き手を運ぶ力を持っている[3][4]。MVも大畑貴哉監督との初タッグで「テクノロジーと人が調和する世界観」を描いた完成度の高い映像だが[2]、曲がいいとは僅差の同点に近い。今回は、活動休止という決断の重さと解放という言葉の軽さを、歌詞ではなく音の速さそのもので体現しているという点を最も深く語れると考え、主視点を曲がいいに置いた。歌詞は企業タイアップの制約もあってテーマの直接的な描写にとどまり、他の2項目に比べるとやや控えめな評価にした。

休止発表のあとに、なぜ新曲だったのか

「Liberation」は、Nulbarichが2024年内での活動休止を発表したあとに世に出た、最初の新曲です[1]。SaaS企業HENNGEの新CMソングとして書き下ろされたこの曲は、同社が掲げる企業ビジョン「テクノロジーの解放」を音楽で表現するというコラボレーションから生まれています[2]。JQはHENNGE代表と直接対話する機会を持ち、その企業姿勢に触れたことが制作の着想になったと伝えられています[2][3]。休止を控えたバンドが、自分たちの物語の外側にある企業の仕事を、最後の局面で丁寧に引き受ける。ここに、彼らが最後まで音楽そのものへの誠実さを崩さなかった姿を見る気がします。休止を発表してから実際に休止に入るまでの間、活動を止めるわけでもなく、かといって普段どおりというわけでもない、宙ぶらりんな時期を過ごすバンドは少なくありません。その中で新曲を、しかも企業タイアップという形で世に送り出す判断は、簡単なものではなかっただろうと想像します。依頼された仕事として音を作りながら、そこに自分たちの状況を重ねられる曲だったからこそ、彼らは「Liberation」という形で応えたのではないかと、私は考えています。このサイトでは、デビュー作の「NEW ERA」から、直近の「A Roller Skating Tour」まで、Nulbarichの歩みを追いかけてきました。その歩みの終盤、区切りに差し掛かった時期に生まれたこの曲には、これまでとは少し違う重みを感じます。

速く、澄んだサウンドが指すもの

「Liberation」は、90年代に生まれ、近年世界的に再評価されているUKガラージのサウンドを下敷きにしていると伝えられています[3]。実際に聴くと、これまでのNulbarichの楽曲の中でも指折りに速いテンポで進んでいくように聴こえ、性急さと同時に、どこか澄んだ透明感を伴って響きます。ボーカルのJQの声も、力任せに叫ぶのではなく、速いビートの上で軽やかに乗りこなすような歌い方に聴こえます。重たいテーマを抱えながらも、音の質感自体はどこまでも軽い。この組み合わせが、休止という決断の重さと、解放という言葉の軽やかさを、同時に鳴らしているように感じられます。ライブでこの曲が演奏された際には、UKガラージ由来のリズムを生の演奏で立体的に鳴らした、という評も見られました[4]。数字としてのチャート成績を、私は正確には把握していません。ただ、企業タイアップという形で多くの人の耳に触れたことは間違いなく、活動休止という重いニュースのあとに、この曲が新しい聴き手を静かに増やしていった可能性は、十分にあると思います。テンポの速さというのは、不思議なもので、急いでいるようにも、身軽になったようにも聴こえます。荷物を減らして走る人の足取りは、疲れているようで、どこか弾んでいる。「Liberation」のビートには、そういう二面性が同居しているように感じます。休止を控えたバンドが、あえていちばん速い曲を選んだこと自体、彼らの中で何かが吹っ切れていたことの表れなのかもしれません。私は音楽の専門家ではありませんが、長年この曲を含むNulbarichの音を聴き続けてきた者として、彼らの作る音が、状況の重さをそのまま音の重さに変換しない、という一貫した姿勢を持っていることに、いつも感心させられます。

大畑貴哉監督が描いた、テクノロジーと人が調和する景色

公式MVは、大畑貴哉監督との初めてのタッグで制作され、「テクノロジーと人が調和する新たな世界観」を描いた作品としてリリース時に紹介されています[2][3]。HENNGEが掲げる「テクノロジーの解放」というビジョンを、説明的なメッセージとしてではなく、映像の質感そのもので伝えようとしている点に、このMVの誠実さを感じます。JQはHENNGE代表との対話を経て制作に臨んだといい、単なる企業広告のBGMとしてではなく、ボーカリストとしての解釈を音と映像の両方に反映させたことがうかがえます[2]。曲の疾走感と呼応するように、映像のテンポも軽やかに刻まれ、無機質になりがちな「テクノロジー」という主題を、人の手触りが残る絵づくりで包んでいるように見えます。企業タイアップのMVは、ともすれば商品説明の色が強くなりがちですが、この作品はバンドの音楽性を損なわずに、むしろNulbarichらしい浮遊感をそのまま映像に持ち込んでいる印象です。ライブでこの曲が演奏された際にも、UKガラージ由来のリズムを生の演奏で立体的に鳴らしたという評があり[4]、音源・MV・ライブという三つの場所で、この曲が一貫した「軽やかな解放感」を保ち続けていることがわかります。公式MVという裏付けのある映像作品として、曲の世界観を大きく損なわずに広げている点を評価し、MVがいいも高い星をつけている。ただし、企業ビジョンの映像化という制約上、物語性よりもイメージ喚起が優先された構成になっており、曲そのものが持つ普遍的な強さと比べると、主視点として選ぶにはもう一歩の踏み込みがほしいというのが率直な印象だ。

終わりの手前で鳴る、解放の音

東京で働いていた頃、会社を辞めると決めた人たちが、退職の直前になって、それまでとは違う晴れやかな表情を見せることがよくありました。まだ籍はあるのに、すでに次の場所へ向かう心の準備ができている。その過渡期にある人特有の、解放感と緊張感が入り混じった顔つきを、私は何度も見てきました。「Liberation」という曲が持つ空気感は、まさにそういう、終わりを決めた人だけが持てる、特別な軽やかさに満ちているように聴こえます。活動休止という決断は、後ろ向きなものではありません。2024年2月の発表から12月の武道館公演、そしてアルバム『CLOSE A CHAPTER』へと続くこの数か月は、彼らが積み重ねてきた重みを、いったん脇に置き、新しい形での自由を得るための、能動的な助走のように見えます。「解放」というタイトルは、そうした前向きな終わり方を、そのまま体現しているのだと思います。私自身、東京で働いていた時期を振り返ると、辞めると決めてからの数か月がいちばん自由だったように思い出されます。まだ責任は残っているのに、心のどこかはもう次の場所にある。その宙ぶらりんな状態を、不安定さとしてではなく、身軽さとして受け止められるかどうかで、その後の景色はずいぶん変わってきました。Nulbarichが2024年に歩んだ道のりも、恐らく同じような性質を持っていたのだろうと思います。休止を決めてもなお、目の前の仕事には全力で向き合う。むしろ、終わりが見えているからこそ、一つひとつの仕事に迷いなく取り組めるということもあるのかもしれません。「Liberation」という曲を貫くスピード感は、そうした迷いのなさの表れのようにも聴こえます。

「解放」というタイトルが指す時間

歌詞そのものを丸ごと紹介することはしないが、「Liberation」というタイトルと、HENNGEの企業ビジョン「テクノロジーの解放」が重ねられている以上、この曲が描いているのは個人的な恋愛の物語というより、もっと広い意味での「縛られていたものから離れる時間」だと考えられます[2]。JQが企業側の考え方に触れたうえで書いたと伝えられていることからも、歌詞の主題は具体的な情景描写よりも、抽象的で開かれたテーマ性に重心が置かれているように感じられます[2][3]。だからこそ、聴く人それぞれが、自分の「解放」を自由に重ねられる余地がある。会社を辞める人、住み慣れた家を手放す人、長く背負ってきた役割から離れる人。それぞれ違う状況にいる人が、それぞれの意味で「解放」という言葉を受け取れる。企業タイアップというと、メッセージが説明的になりすぎることを心配してしまいますが、この曲はテンポの軽やかさに言葉を乗せることで、押しつけがましさを回避しているように聴こえます。歌詞を細部まで解説する情報は多くありませんが、少なくとも、活動休止という当事者性の強い状況と、企業が掲げる「解放」という抽象的なビジョンが、不思議なほど自然に重なって聴こえる曲であることは間違いありません。

磐田で迎える、それぞれの解放

磐田で家や土地の相談を受けていると、長く続けてきた仕事や、背負ってきた責任から、いったん解放される決断をする方々に出会います。実家を手放す、店を畳む、役割を次の世代に譲る。そのどれもが、終わりであると同時に、新しい自由の始まりでもあります。決断そのものよりも、決断してから実行するまでの間の時間、まだ看板は残っているのに心はもう次を向いている、あの独特な時間に、いちばん人の表情が変わるのを私は見てきました。Nulbarichが休止を発表したあとに、あえて新曲を、しかも「解放」という名で鳴らしたことは、その過渡期の時間をどう過ごすかという、一つの答えのようにも思えます。終わりを決めることは、逃げることではありません。しっかりと区切りをつけたからこそ、次の一歩を軽やかに踏み出せる。土地や家を手放す家族と向き合うとき、私はいつも、その人が自分なりの「解放」の音を鳴らせているかを、静かに気にかけています。空き家になった実家の鍵を返す日、長く続けた店のシャッターを最後に下ろす日。そういう場面に立ち会うたびに、その人の表情の中に、寂しさだけでなく、どこか吹っ切れた明るさが混じっているのを感じます。決めた本人にしか分からない、あの静かな解放感。それは、周囲から見れば大きな喪失に見えても、当人にとっては長く抱えてきた重さをようやく下ろせた瞬間なのだと思います。家族で土地を手放すと決めたとき、最初に口にする言葉は「寂しい」であることが多いのですが、手続きが進み、実際に区切りが近づくにつれて、声のトーンが変わっていくのを何度も聞いてきました。Nulbarichが休止という重い決断のあとに、あえていちばん速く、いちばん明るいテンポの曲を選んだ理由も、案外そういうところにあるのかもしれません。終わりを決めた者だけが、迷いなく鳴らせる音というものが、確かにあるのだと思います。

速さの向こう側にある、静かな覚悟

「Liberation」を繰り返し聴いていると、この曲の速さは、単に音楽的な選択というだけでなく、休止という決断を下した人間の内面そのものを映しているように思えてきます。迷っている人間は、なかなか速く動けません。決めきれない気持ちが、テンポそのものを重くする。逆に、覚悟を決めた人間の足取りは、驚くほど軽く、速くなることがあります。私は磐田で家や土地の相談に乗る中で、決断を先延ばしにしている方の話し方と、すでに腹を括った方の話し方が、まるで違うことに気づかされてきました。前者はどうしても言葉数が多く、迷いが節々ににじみます。後者は、驚くほど簡潔に、迷いのない言葉で状況を語ります。「Liberation」のスピード感は、まさにその、腹を括った人間の言葉の速さに似ているように感じます。休止という結論をすでに出したバンドだからこそ鳴らせた、迷いのないテンポ。もし休止を決める前にこの曲を作っていたら、恐らくもっと違う響きになっていたのではないか、そんな想像さえしてしまいます。終わりを決めることは、多くの場合、寂しさや喪失感と結びつけて語られます。しかし実際には、終わりを決めた瞬間から、人はそれまで抱えていた迷いから解放され、残された時間を驚くほど濃密に生きられるようになることがあります。Nulbarichが休止発表からラストライブまでの間に、新曲のリリースやアルバムのサプライズ発表といった動きを立て続けに見せたことも、その濃密さの表れだったのかもしれません[5][6][7]。武道館のステージに立ったメンバーが、休止という結論を選びながらも晴れやかな表情を見せていたと伝えられていることも、この曲が指し示す解放感と地続きに思えます[6]。何かを終える決断は、その瞬間には重く、周囲を戸惑わせることもあります。それでも、終わりまでの時間をどう鳴らすか、どう歩くかによって、その終わり自体の印象は大きく変わっていく。「Liberation」という一曲は、Nulbarichというバンドが、終わりに向かう時間をどう生きたかを、何よりも雄弁に物語っているように、私には聴こえます。誰の人生にも、いつか何かを終える日が来ます。その日をどう迎えるかは選べなくても、そこに至るまでの時間をどう鳴らすかは、自分で選べる。この曲を聴くたびに、私はそのことを、静かに思い出させられます。

参考リンク

終わりを決めた者が、迷いなく鳴らせる音があるように、家や土地にも、区切りをつけたからこそ次に進める瞬間があります。

静岡県磐田市周辺で、相続した実家・空き家・土地建物の整理にお悩みの方は、富士ヶ丘サービスまでご相談ください。

書いた人

大石浩之。静岡県磐田市で、介護と不動産の仕事をしています。 若い頃に東京で過ごした時間、仕事の中で見てきた家族や街の記憶、 そして今暮らす磐田で感じることを、音楽をきっかけに書いています。

音楽は、過去の自分に会いに行くための入口です。 家や土地もまた、誰かの記憶が残る場所だと思っています。